第29話 完全感覚のドリーマー
あかねさんとの、ほろ苦い再会を果たしてから、まもなくだったと思います。翌日とか、そんな感じ。
僕は神泉の駅から3分ほどにある、ガラスとコンクリートでできた、一風変わった低層ビルの一角にある、NetAgeのオフィスに出向いていました。
NetAge社は日本ではじめて、インターネット事業に取り組む起業家を、大量に育てていくことを、事業の目的とした会社でした。
インキュベーターという耳慣れない言葉とコンセプトをアメリカから輸入し、時代の風を受けながら、ノリとカンでまずは突き進んできてました。
しかし、NetAge自体のビジネスモデルは、2000年当時、まだ固まっていませんでした。投資会社としてファンドを作るのか、事業をたくさん抱えて、コングロマリット的に、事業収支を伸ばしていくのか。
ネットバブルが崩壊して、苦労していたのは、プロトレードだけではなかったのです。
この時すでに僕は、腹をかためていました。
お会いするのは、もちろん、CEO & Founderの西川さん。
それと、CFOの井上さんです。
創業者の西川さんは、地頭よく、あたりのいい、とてもチャーミングな人なのです。はっきり言って、普通の真っ当な人間なのですが、とある一点においては、規格外の男でした。
世の中のビジネスパーソンを、ロマンティスト(ドリーマー)とリアリストの両極の一直線上にプロットしていくとしましょう。
そこで、そのデータの中に「西川さん」を放り込むとします。
すると、残りの全部の集団データが、リアリスト側へと、極端に横ズレしてしまう事態になるのです。それはもう、尋常ならざる外れ値なんですよ。
One Ok Rockの「完全感覚ドリーマー」という歌がありますが、あれ、西川さんのリング入場ソングに推薦したいですね。(歌詞が最高)
ミーティングがはじまります。まずは僕から、3社からの買収オファーの経緯と条件をご説明。
淡いピンクのボタンダウンシャツとチノパン姿で、いつでもシリコンバレー気分の西川さん。大変上機嫌に話を聞いてくれました。
それはそうです。プロトレード の株の50%は、ネットエイジが持っていましたので。
売上が久しぶりに立つぞ、と喜んでいました。子供のような人なので、わかりやすくニコニコしてましたね。
さて、ここで、僕はぐっと腹に力をこめ、核心にはいります。
一番株価を高くつけてくれているのは、クレイフィッシュなのですが...
僕は楽天さんにお世話になるのが良いと思います。
社員のみんなが、陽のあたる道を歩けるように。
一番、将来性があるところに賭けてみようかと。
でも、それでは、NetAgeにも、西川さんにも、
ご迷惑をおかけすることになります。
この不義理を許していただき、
楽天に行くこと、了承してもらえますか。
ここですかさず、CFOの井上さんがフォローしてくれます。西川さんを斜め横に見ながら、こう囁きました。
元都銀マンらしく、カチッとしつつも、垢抜けない服装が、ナイスガイさを際立たせます。
確かに、NetAgeとしても、レピュテーション・リスクは考えないといけないので、クレイフィッシュはどうかと思うんですよね。
西川さんは、即座にそろばん勘定を忘れ、パッと井上さんに呼応しました。(多分その数秒前まではクレイの買収価格に惹かれていたと思いますが)
ウンウン、そうだね。確かに、俺もヒカリモノはどうかと思うなっ!
正しいことをしてる会社だとは、とても思えないよねっ!
反社会的、反倫理的なことは、たとえ儲かりそうでも、絶対やらない。というのが、西川さんが作った、NetAgeのクレドの第九章です。
そんなピュアなところが、どれだけ天然ボケキャラでも、実務能力が乏しくても、西川さんのことをみんなが、好きでいた理由でもありました。
しかし、ここからが、西川さんの本領発揮。
King of ドリーマーのバズーカ砲が炸裂します。
ん、ちょっとまって。
楽天にさ、もっと出してもらわない?
もう一回、交渉すればいいじゃん。
俺、孫さん知ってるから、ソフトバンクとも話そうよ。
ネットディーラーズなんて、何にも始まってないのにさ、バーンって買ってくれたもんね。
5億円くらい出すよ。あの人なら!
いけるよ。いける!
いやいや、孫さん怖いし。
そんなにもう、楽天を待たせられないし。
もう、ほんと疲れたし。
空気を察知したのか、または、西川さんのいつものドリーム砲に免疫がつきすぎたのか、わかりませんが、圧倒的にリアリスト側に位置付けられる、井上さんが、上手にかわそうとしてくれます。
いや、西川さんね、それはリスキーですよ。
一度オファーされたあと、他と天秤かけて、釣り上げにいくのは、いかにもお行儀がよくないですね。
そんなことしてると、もうキャッシュも無くなりますし、全部フイになったら、大変ですよ。
しかし、西川さんのマジックには、ロジックを超えた、よくわからない説得力がありました。
ミーティングが終わる頃には、確かにそれはトライしてみる価値はあるなと考えるようになった僕は、即座に、楽天・澁谷さんとのアポをとります。
もう時間をかけられない。かけたくない状況でしたので、僕から、「買収条件について、再度ご相談(つまり、ネゴ)したい」と、事前にアタマ出しもしておきました。
いざ、中目黒へ。
まさに、最終決戦が近づいてきたなと、武者震いが走りました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?