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事業テーマ選びと起業家のアイデンティティ

グロービスキャピタルパートナーズというベンチャーキャピタルで働いております、小野壮彦と申します。日々起業家の皆様と向き合って組織開発に取り組ませていただいています。

今回は、起業をするにあたっての、テーマ選びの手法と、起業家のアイデンティティの関係について、書いてみます。

随分と古い話で恐縮なのですが、私は1999年の末、当時ネットビジネスの総本山と言われたNetAge社で、EIR(Entrepreneur In Residence)として起業をしました。

その時の冒険は、こちらに徒然と書き溜めてあります。


この頃、僕らの周りのエッジな仲間たちの間では、ビジネスを始めるなら、アメリカのサービスをつぶさに研究して、イケてるやつをピックアップし、日本市場にフィットしそうか検討する。というやり方が、「王道」の起業メソッドのように言われていました。

のちに、孫さんがそれを、タイムマシン経営と名付けます。

今日は、このパターンの起業の是非を、かんがえたいと思います。


私は、多くの起業家、経営者と接してきた中で、起業には2つのタイプがあるとみています。

それは、「本人起点テーマの起業」と、「外部起点テーマの起業」です。

本人起点テーマの起業とは、つまり、起業家本人の「アイデンティティ」を土壌として芽生えたテーマを選ぶ起業です。これは、演繹的な思考から生まれます。

ここでいう起業に関係する「アイデンティティ」は、こう捉えてください。

アイデンティティの構成要素

自分の原体験:ものすごく不便な思いをしたとか、ものすごく惹かれたとか。例:ロボット義足開発で起業

自分の趣味
:長年ハマってきた趣味や、好きなもの・ことに関すること。例:漫画専門のオークションサイトで起業

自分の専門性:長年取り組んで、没頭してきた学問・仕事のテーマ。
例:水素の研究成果を活かして起業


この本人起点の起業の例として、おそらく近年で一番成功したのは、前澤さんでしょう。私は幸運にも、この3年ほど、前澤さんのとても近くで、仕事をさせていただきました。彼は一貫して、外にも内にも、好きなことをやり続ければ、成功する。と、真剣に言い続けています。

もちろん、経営者である以上、いろんな悩みやストレスもあったことは、知っていますが、僕が知る限り、あそこまで楽しそうに事業をまわしていた経営者は、見たことがありません。

大変な時も、結局は彼が好きな、ファッションやカルチャーに関わる話をしていますから。メンタルはそんなにきつくなさそうでした。


このように、本人起点テーマの起業のメリットは、なんといっても楽しいし、我を忘れて没入できるということです。

一方で、デメリットは、えてしてそれは、ありがちなテーマだったり、儲からなさそうなテーマになりがちだということです。差別化が難しい事業で、大きく勝つためには、起業家本人の突き抜けた力が必要です。

多くの人が誤解しているかもしれない真実は、前澤さんは右脳が強いだけじゃないことです。左脳が、むしろやばい。

記憶力、計算も早く、判断スピードが抜群。その上で、感性やセンシビリティが高い。そう。宇宙人みたいな人なんです。

前澤さんの「好きなことやると、成功しちゃうよー」という無邪気な言葉は、一般人がそのまま鵜呑みにしない方がよいのではないでしょうか。

特に、人生経験が比較的短い、若手にとっては、この演繹型の思考を繰り返しても、なかなか勝てそうなアイデアには至らないか、凡庸な規模の事業に落ちつくことが多いです。


次に、もう一つの起業の「外部起点テーマの起業」を検証しましょう。これは、帰納的な思考から生まれます。

僕がやったのは、まさにこれでした。

当時、Red Herringというアメリカのテクノロジー雑誌がありました。(当時、起業志望者がそれ読んでないとモグリっていわれてたやつです)急に編集のトレンドが変わり、これからはB2B の時代。企業間取引市場、eMarketplaceなどの、お洒落なキーワードが生まれていました。

素直に、僕がやりたいのはこっちだ!って思いましたね。店長さんを口説くより、スーツ着ている人を口説く方がイメージが湧きました。

ドットコム起業物語 第二話より


この帰納手法は、メリットとしては、客観性があるし、論理性もあるので、冷静に市場の隙間の機会を、つかまえやすいことがあげられます。

あとは、特に専門性なんてないゼネラリストや、普通の若い人が起業するには、とても素敵な手法だったりします。

そのせいか、ユニコーンと呼ばれる急成長ベンチャーには、このタイプの起業が多いのではないでしょうか。


一方で、この「外部起点テーマの起業」には、あまり多くを語られていない、本質的なチャレンジがあります。

それは、立ち上げてから、なかなかうまくテイクオフしなかったり、テイクオフしても一定の成功をする前に、経営の調子や環境が悪くなったりすると、途端に、経営者のメンタルがやばいことになるということです。


それはそうです。もともと個人的には、思い入れがないテーマですから。

普通に会社員がまわす、社内プロジェクトが「企画倒れ」しても、まぁ全然オッケーですが、自分で投資して、社員も雇って、いろんなリスクを背負って、大博打するスタートアップでは、そうはいきません。

特に、資金調達をしたあとは、大変です。逃げてしまったら、社会人として終わりますから。


世の中に受けそうなテーマを見つけてスタートし、調子悪くなって、ふと気づいたら、そこには、大して思い入れが持てない事業が残っているわけで。それに気づいた時の、やってしまった感は、結構なものがあります。


もう少し掘ります。
起業した直後から、起業家の中では、自分のアイデンティティと、事業のアイデンティティのシンクロが、恐ろしいスピードで進んでいきます。

自分が資金を投じ、名前をつけて、事業を開始すると、サラリーマン時代には到底想像もつかないレベルで、会社と自分が一体化します。言い換えると、会社と自分のアイデンティティが深いところに根を生やして、絡み合って共生してゆくのです。

例えば、「会社に行く」「家に帰る」という言葉を社員から聞くと、イラッとするようになります。は、逆じゃないの?「家に行く」「会社に帰る」って思わないの?と。

会社の経費で購入した、テーブルとか椅子が乱暴に扱われて、傷がついたり汚れたりすると、めちゃくちゃ勿体無く思うし、自分の身体がそうされたかのように気持ち悪くなるようになり、社員に文句を言うようになります。

ドットコム起業物語 第5話


例えていうなら、本人は全くもって、素直で明るい、いい奴なのに、マーケットに悪役の俳優が見当たらないので、それで売り出してみたところ、そういう役どころから逃れられなくちゃって、いつのまにか素の自分が病んでしまった。みたいな悲劇が起きるわけです。


この状態になって、不条理が襲ってきて、散々な目にあうと、社長ともあろう者が、自分の会社に来たくなくなる状態になります。僕はその状態に落ちました。

結果、営業に行くふりをして、ゲーセンでぼんやり時間を潰し、Ferrari350 Challengeという大型筐体のレースゲームで、毎日2千円ほど散財していたと思います。
渋谷の街を亡霊のように、起業家が彷徨っていました。

ドットコム起業物語 第11話


実はこれ、結構な数と頻度で、この世の中には起きているんです。フィジカルに失踪するケースはそこまで多くないかもしれませんが、精神的に「そこにいない」状態に落ちる起業家は、一時的なものも含めると、かなり沢山いますね。

もし、オーナー企業で働く参謀の方がいらっしゃいましたら、ぜひそんな起業家が、心ここにあらずになっても、愛を持って支えてあげてほしいと切に願います。


一方で、グッドニュースがあります。

この種の悲劇は、ある特定のタイプの人間には、絶対発生しません。

それは、そもそも何に対しても、個人的な思い入れを持たない人です。言い換えるならば、世の中をかなり客観的に捉えている、超リアリストな人たちです。

この事例として、有名どころでは、eBayモデルを持ってきた、南場さんでしょうか。ビッダーズは、結構苦労されていたと思うのですが、見聞きする限りにおいては、南場さんがやる気が無くなったとか、メンタルやられたとかの話は、聞いたことがありません。(実際、スパッとソシャゲーにピボットしていますし。)


もう一つ、これが発生しないケースがあります。
それは、悪い時がなく、最初からジャックポット引いて、簡単には潰れないレベルまで駆け上がってしまうケースです。

この事例としては、僕が大変お世話になった三木谷さんが、それでしょう。

近くでみていたら、地方の中小企業さんや、ショッピングには、特に個人的思い入れとか、原体験があった形跡は、見受けられないんですよね。

さらに、実はご本人は、割と世の中の人から見られているように、南場さんのような超リアリストでもなくて、結構センシティブでロマンティストなところをお持ちだったりします。

ですので、もし、楽天が創業後、まもないあたりで、低空飛行とか、財政危機とかが長く続いていたとしたら、結構、あの三木谷さんでさえ、やられていたかもしれません。でも、あの人ですから、早々にM&Aとか投資事業にピボットしたりして、成功しているとは思いますけど。


起業家のアイデンティティのうち、自分の専門性について、注意しなければいけないのが、「スキル・経験」を、アイデンティティと混同することです。

「スキル・経験」は、それが趣味のレベルまで昇華されない限り、アイデンティティとは、見なせないと、僕はかんがえます。


例えば、サイバーエージェント(CA)です。果たしてCAは本人起点テーマの起業だったでしょうか。

藤田さんは、インテリジェンスで人材ビジネスのトップ営業マンでした。CAの初期はまさにその藤田さんの営業力、営業マネジメント力があったので、クリック課金型デジタル広告という武器を得て、一気に成長しました。

では、藤田さんは、広告事業が大好きだったのか。ネット広告に思い入れがあったのか。

多分そうではないでしょう。それは必ずしも、自分のアイデンティティから発露したものとは言えないのではないでしょうか。ですので、CAは、きっと外部起点の起業だったのではと推察します。

実際、藤田さんは上場後の厳しい時に、結構メンタルが辛い状態になられたと著書でも述懐されていましたし、あまり事業に身が入っていない時期には、外にもそういう話が漏れ伝えられていました。


まとめますと、好きなこと、あなたらしいことをテーマにしたら、きっと楽しい。でも、成功しますよ!とも言いきれないのが、難しいところ。

それは、最低限、楽しいとは思うから、きっと幸せになりますよ!とも言いきれない。なぜなら、そういう事業は差別化が難しくて、なかなか儲からないことが多いから。

例えば、思い入れがあるタピオカを題材にした、タピオカ屋さんのオペレーションを合理化するブロックチェーン事業を創業しても、なかなか儲からなければ、大好きだったタピオカさえ嫌いになるかもしれない。そこが難しいところ。

それでもいいから、本人起点で、やってしまう人がいます。
それ、素敵です。


僕ならば、そういう、好きを大事にした、本人起点のテーマで突き進むケースでは、できればある程度の事業の目処が立つまで、外部資本のエクイティ調達を、なるべく抑えてやりたいですね。

せっかく自分を表現するなら、事業の骨格がみえて、筋肉がつきはじめるまでは、直感を信じて、素直に育てたいなと。成長するまでの、時間を買うべきです

外部資本を入れちゃうと、プランを無理やりでも作りあげて、目標に向けていやがおうに走らされます。

アイデンティティを育む大事な時期の5歳未満の子供を、本当はじっくり、体操をさせたかったのに、お金のため、野球をやらせてしまうようなことが、会社に起きてしまう。

実際、前澤さんはエクイティの資金調達を、してませんから。だから天真爛漫でいられたし、彼本来のパワーが出ていたんだと思います。


一方で、何十億、何百億という売り上げを得るような、大成功ベンチャーを創りたいのであれば、あなたらしくなくても全然いいかもしれません。当たれば勝ちと、割り切って勝負に出ればいい。

ただ、その代償として、僕のように、ジャックポットがひけなかったら、大変なんですが。それを覚悟して、突っ込むしかありません。


どのアプローチが成功するかなんて、わかりませんし、ここでは、あなたはこうしなさい的な、ノウハウを語るつもりはありません。

起業のテーマ選びには、その起業家の個性があらわれると思いますし、なんとなくそういう難しさが、いずれの場合もあるんですよね。というだけです。

だから僕は、どちらのタイプのテーマ選びであっても、不確実でリスキーな中で、チャンスを掴もうと努力する、起業家であるというだけで、すべからく、その方を尊敬できるとおもうのです。

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