第19話 覚醒する遺伝子
最近、元サッカー日本代表の岡田監督がご自身の経験を振り返って、面白いことをおっしゃっておられました。
泥沼にハマってズブズブ落ちていっても、途中は中途半端。どん底まで落ちた時、初めて地に足がつき、遺伝子にスイッチが入る。そこから人間は不思議な力を発揮する。そんな話だったと思います。
振り返ると、まさに、そういうことだったのでしょう。
不思議なのですが、それ以前と対照的に、この頃から先の記憶は、かなりメッシュ細かく、19年後の自分の中に残っています。
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実はこの、企業売却については、しばらくの間、他の創業メンバーには、可能性の一つとしてあるよ、とだけ、簡単に伝えてはいたものの、詳細は共有しないで進めていました。
それには、二つの理由がありました。
一つは、大きな覚悟が伴う経営判断は、代表取締役として、自分が背負って一人でやるべきだ。という思いがあったから。
もう一つは、自分の自信が失われていたので、会社の仲間からの不満や不安に、向き合うことが怖かったのです。
しかし、クレイフィッシュを取り巻く「ヒカリモノ」としての逆風が日に日に強くなる中、メンバーから、まだ社長は、あそことは話をしているのか。いったい何を考えているのか。説明してほしい。という当然の突き上げをいただく流れになりました。
社員を含め、会社の一人一人と向き合って、お話をすることにしました。
想定以上に手厳しいコメントをいただきます。
Aさん:自分も株主の一人なのに、会社の重要な意思決定に参加できていない。事業のオーナーシップを持たせてもらえていない。社長だけが、おいしいところを取っているじゃないか。
Bさん:口出しするな。俺の領域。と思っていないか。疎外感を感じる。相互チェックも働いていない。このままだと絶対うまくいかない。
Cさん:新たに出資を受けないのは、リスクを取りたくないから?借金してでも続けていく覚悟は、社長にはないのか。
Dさん:死ぬ気でやらないとダメでは。無責任に会社をたたむのではないか。あなたが人生かけていないことに、自分の人生をまきこまれるのは困る。
少し前でしたら、こういったコメントを聞くと、なんて当事者意識がないんだとか、自分の大変さを分かりもしないでとか、怒りとか、痛みとか、辛さなどの、感情を覚えていたものです。
しかし、この時の僕は、ものすごく集中して、リラックスしていました。全てが止まって見えていたのです。自我と他者の境界は、もはや、なくなっていました。
不思議な精神の静寂と、自分の中のエネルギーの覚醒を、確かに感じ始めていたのです。
汝自身を知ること。
恐怖に負け、Mindに隷属するな。
不義理はしないこと。
「人類。もとい、プロトレード を救えるのは、自分だけ」という湧き上がる確信が、それまで僕に宿っていた恐怖や不信を薄め、能力は明らかに一段階ギアを上げ、より速く、柔らかく、強くなっていたのです。
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渋谷文化村の近く、春夏秋冬という少し気の利いた居酒屋で、「帽子を被らない銭形警部」川野さんと、「覚醒したNEO」気分な僕は、静かに、しかし緊張感を伴ったやり取りを繰り広げていました。
Exitを考えていること。クレイフィッシュの状況が相当ヤバそうであること。ICGという外資からの売却話が、もう一つ、かろうじて繋がっているが、定かではないこと...
そして、
「自分としては、第3の会社を至急探したい。モーフィウス。じゃないや、川野さん。僕らを助けてもらえないか。」
こちらの本気のアタックに反して、川野さんのテンションは上がってきません。怪訝そうな顔で話をじっくり聞いた後、僕をギロリと睨み、おもむろに質問を投げかけてきたのです。
社長、ところで。
そもそもどうして、起業をしたんですか?
- 時代的にチャンスだと思った。
- 男として一度は勝負したかった。
- いいご縁があった。
色々と説明を試みました。いきなり核心をつく質問をされ、しどろもどろだったと思います...
いやぁ、それは答えになってませんな。
もう一度聞きます。
社長、どうして起業をしたんですか。
- お金を儲けたいと思った。
- ちやほやされたかった。
- 成功者として尊敬されたかった。
最初の答弁を外したので、もう少し、恥ずかしい欲望の吐露バージョンで、答えてみました。ところがそれもヒットしません...
そして川野さんは、一拍置き、目を見開き、身を乗り出してきました。
(まずい。くる。)
否。絶対、何かがある。
もう一度聞きたい。
あんた、どうして起業をしたんだ!?
社長から、あんたに降格した瞬間です。ここは、マトリックスではなく、男塾だったことを忘れていました。「正解者への豪華賞品は、地獄巡り永遠の旅だ!」とでも言い出しそうな勢いでした。
しかし、この3度目の川野さんの問いの瞬間、何かがパーンとフラッシュします。
僕の意識は、1年前。まだ前職のコンサルティング会社にいた頃の、7月のある出来事にジャンプしたのです。
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