遺影【エッセイ Vol.1】
私には関西人の祖父母がいる。彼らは母方であり奈良県出身奈良育ち。母が生まれてからすぐに当時サラリーマンだった祖父の転勤で東京に引っ越した。それからずっと東京に住んでいる。
昔私は、「奈良に戻りたいと思ったことないの?」と祖母に聞くと、「絶対嫌や。あたしゃ都会が好きやねん。田舎は好きやない。」と、コッテコテの関西弁で答えた。東京が好きでもう何十年も住んでいるのに、標準語は喋れないそうだ。言語は東京よりも関西弁が好きなようである。
祖父母は私の実家から自転車で20分程の場所に住んでいたので、学生時代はよく弟と遊びに行っていた。ある日、私たちはふと母の幼い頃の写真を見てみたくなったので、祖母に見せてほしいと頼んだ。親の子供時代の姿は気になるものである。彼女らにとっては一人っ子の一人娘なのだから、写真はたくさんあるだろう。また、弟は「じいちゃんの若い頃の写真も見せてよ」と頼んでいた。
祖母は、「昔の写真なぁ。どこにしまったか全然覚えとらんしなぁ…」とブツブツ言いながら、書斎の押し入れをゴソゴソとかき回す。「あったで!」と手にしたのは、アルバムでもなく、30枚ほど束に重ねてある写真や小さく切り取られた写真をバサッと私たちの前に出した。
束にしてあるのでどれも時系列はバラバラ。小学生の母を見つけたかと思うと、次の1枚は結婚して既に私が生まれているちょい若めの母の写真。もう一度言うが母は一人っ子である。一人娘ってもっと大事に写真の記録とかしているものではないのだろうか。私の祖母はまめで細かい、というよりも豪快な女なのである。
しかも、写真の大半は祖母の若い頃の写真ばかり。「じいちゃんの写真、全然無いじゃん」と弟が言うと、「そんなん持っていてもしゃあないやろ。」とサクッと答えた。弟は、やっと見つけた写真に写っている若い頃の祖父を見て「やっぱりじいちゃん格好良かったんだなぁ~」とつぶやいてる。すると突然、祖母が「これ!これ見てや!」と若い頃の自分の写真を強引に見せてきた。自分の写真はとことん推すのである。
弟と私が気になった点は、この中に祖母の顔だけ切り取られた写真が数枚あったことだ。彼女が若い頃、何人かで撮ったであろう写真から自身の顔を切り取っているので、証明写真よりも小さく切り取った形が歪なカケラのようになっている。
「こんなに自分の顔ばかり切り取ってどうすんの?」と私が聞くと、「遺影にすんねん。」と祖母がカッカッと笑いながら答えた。「このへんの写真やったら使(つこ)うてもええなぁ、思ってんねん。あんたらこれとかどう思う?」と私たちに遺影候補の写真のかけらを次々と見せてきた。
遺影ってうそだろ… 私と弟は笑いがこらえきれなくなり、「こんな小さな顔写真なんて遺影にしたら、引き伸ばしたときに画像がボケるよ。」と教えてあげた。なぜか孫に遺影の選び方のアドバイスをされている祖母。
「そうなんやなぁ。」と残念そうに祖母はつぶやいた。「まぁでもあたしが死んだら、遺影は今の写真やのうて若い頃の使うてや!絶対やで!」と圧をかけてきた。何とも言えないパッションな考えを持つ女性である。彼女は自分の死後について全く悲壮感を漂わせず、あっけらかんとしている。今はもちろん、祖母は特に病気もなく元気に過ごしている。遺影について私たちが悩まされるのは当分先のようだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?