ディケンズ『クリスマスキャロル』訳注つき和訳:第二節より妹との会話の場面

和訳第四弾。嫌われもののスクルージが子供時代には人に好かれていた一面があったのかという意外なシーンが描かれています。
既存訳にしっくりこなかった人の参考になれば幸いです。間違いがありましたらぜひコメントをお願いします。

他の箇所の翻訳も含めて以下のマガジンに、まとめてあります:

(最終更新日2020/12/30 )

The Ghost smiled thoughtfully, and waved its hand: saying as it did so, “Let us see another Christmas!”

 精霊は考え深く微笑み、片手を振りながら言いました「もうひとつのクリスマスを見に行こう!」
 さきのほどのスクルージ少年は文字通り大きく成長しましたが、部屋は、より薄暗く、より汚くなりました。壁の羽目板は縮み、窓にはひびが入っていました。天井は、漆喰(しっくい)が所々はがれ落ち、下地がむき出しになっていました。どうしてこんなことがおきたのか、みなさん以上にスクルージにもわかりませんでした。彼に唯一わかるのは、決して間違いではないということです。すべてが実際に過去にあったことでした。喜ばしき休日に他の少年たちはみんな家に帰っているというのに、またしても彼はひとりだった、ということもまた間違いのない事実でした。
 今度の彼は読書はしておらず、その代わりに絶望したように行ったり来たりうろついていました。スクルージは精霊を見て、哀しく頭を振り、不安げにドアの方に目を向けました。
 ドアが開き、少年よりももっと年下の小さな女の子が、勢いよく入ってきました。腕を少年の首に回し、何度もキスをして、少年に対して「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と呼び掛けました。
「お兄ちゃんをおうちに連れ帰りに来たよ」小さな子はそう言って、小さな両手でパチパチと手を叩き、体を折り曲げて笑いました。
「おうちよ、おうち、お兄ちゃんとおうちに帰るの」
「うちだって?ファンちゃん」少年は言いました。
「そう!」小さな子はとても嬉しそうに言いました。「これからは、おうちだよ。ずっと、おうち。お父さん、前とは違って、とっても優しいんだ。でね、おうちが天国みたいなの!ある夜にね[*訳注1]、ベッドに行くつもりでいたら、お父さんがとってもやさしく話すから、全然怖くなくってね、お兄ちゃんが戻れるようにまた頼んでみたの。そしたら、お父さん、いいよ、お前がやりなって言ったんだよ。それで、わたしを馬車で送り出してくれたの、お兄ちゃんを迎えに。だからね、お兄ちゃんは、大人にならないといけません[*訳注2]!」小さな子はそう言って、目を見開いた。「絶対にここに戻ってはいけません。そしてまずは、クリスマスの間を一緒に世界で一番楽しく過ごさなければいけません」
「お前は、もう大人だな[*訳注3]、ファンちゃん!」少年は大きな声で言いました。
 彼女は手を叩き、笑いました。少年の頭に触ろうとしましたが、そうするには背が低すぎて、また笑いました。つま先立ちをして、少年を抱き締めました。それから、子どもっぽく熱心に少年をドアに向かって引っ張りました。少年は、なんら嫌がることなく彼女についていきました。

*訳注1 正確に訳せていません。原文は"one dear night"なのですが、このdearを抜いて訳しました。普通に訳したのでは意味が分からない。誰か教えてください。
*訳注2 原文では"you’re to be a man"であり様々な意味を持つ"be to 不定詞"が使われている。義務・命令として訳した。このあとの文も"be to 不定詞"が続いているため、わざと不自然なまでに「~いけません」で統一して訳した。
*訳注3 原文では"You are quite a woman"だが性別は訳さずに、訳注2の箇所を受けた発言であることが分かりやすくした。"be to 不定詞"を連発する言葉づかいをちゃかす意味も含めて、大人だね、とスクルージ少年は言ったと思われる。二人の雰囲気からすると、この"be to 不定詞"の多用の理由は、父親がスクルージ少年に話すときの真似なのかもしれない。