ディケンズ『クリスマスキャロル』訳注つき和訳:第1節より事務員との会話の場面
和訳第8弾。主人公のどケチさに疑問を感じる場面です。既存訳にしっくりこなかった人の参考になれば幸いです。間違いを見つけたらぜひコメントください。
本作が発表されたのは1843年、日本が明治に入る25年も前。そんな時代にスクルージは不平不満を言いつつもクリスマスに有給休暇を与えていたことが描かれています。
他の箇所の翻訳も含めて以下のマガジンに、まとめてあります:
(最終更新日2020/12/23)
At length the hour of shutting up the counting-house arrived.
ようやく会計事務所[*訳注1]を閉める時間になりました。スクルージは不機嫌[*訳注2]に腰掛け椅子から立ち上がり、“貯水タンク”[*訳注3]で待ちわびている事務員に時間になったことを無言で伝えました。事務員はすばやく自分のろうそくを消して帽子をかぶりました。
*訳注1 原文は"the counting-house"だが既存訳では「事務所」としていることが多い。
*訳注2 原文は"ill-will"で、敵意、悪意の意味もある。
*訳注3 原文は"the Tank"で事務員がいる仕事部屋のこと。初出箇所では"a dismal little cell"(暗い小部屋)であり"a sort of tank"だと表現されている。
「おまえは明日まる一日欲しいと思っているんだろう」スクルージは言いました。
「お差し支えなければ」
「差し支えるさ」スクルージは言いました。「不公平だ。もしも、おれがその分の半クラウン[*訳注4]を支払わなかったとしたら、おまえは不当な扱い[*訳注5]を受けたと思うだろう。きっとな」
*訳注4 当時のイギリスの通貨のひとつである半クラウン銀貨のこと。1クラウンで5シリングに相当。別の箇所で週給15シリングとあるので、安息日の日曜日は除いて計算すると15÷6=2.5 だから1日あたり半クラウンでぴったり一致。
*訳注5 原文は"ill-used"で虐待や酷使の意味。訳注2の ill-will に合わせて ill- の単語が選ばれているので訳では「不」で始まる語で揃えた。
事務員はわずかな笑顔をみせました。
「だからといって」スクルージは言いました。「働いていない一日分の賃金をおまえに支払うとき、おれが不当な扱いを受けているとおまえは思いもしない」
事務員は、一年にたった一度のことです、と言いました。
「12月の25日になるたびにひとのポケットから盗みを働くにしては下手な言い訳だな!」グレートコートのボタンをあごまで留めながら、言いました。「それでも、おまえはどうしてもまる一日必要だと思っているんだろう。次の朝はいつもより早く来るんだ」
事務員はそうすることを約束しました。スクルージはうなり声をあげながら歩いて出ていきました。