『高慢と偏見』翻訳本6種比較

現代の一般読者の目線でみて各翻訳本が読み物としての「小説」としてどうなのかを率直に書いてみました。

翻訳本比較

        オススメ 文章 訳
岩波文庫      ✖️  ✖️ 1950年
河出文庫      ✖️  🔺 1963年
ちくま文庫     ⭕  ⭕ 2003年
光文社古典新訳文庫 ❓  ⭕ 2011年
新潮文庫(新訳)  ⭕  ⭕ 2014年
中公文庫      🔺  ⭕ 2017年

オススメ→楽しめる訳か(「❓」は斜め上な作品なので判断の対象外)
文章→まともな日本語の文章になっているか

正直にいうと、誰にでもおすすめできるものがひとつもありません。それぞれの翻訳本について詳しく述べていきます。どこなら妥協できるかの参考になれば幸いです。

2021年1月12日追記 上記6種に加えて評価した分を「その他(参考)」として記載しました。

2021年1月19日追記 個人的に先頭の章を原文にできるだけ忠実に訳したものを公開しています。比較の参考にしてみてください。→コチラ

岩波文庫

『高慢と偏見』上下巻(赤222-1、-2)
【文体の特徴】
古い言葉づかい。
おかしな日本語が目立つ。
【良い点】
歴史を感じる。
【悪い点】
・不思議な日本語が多くて理解に苦しむ。
・そもそも日本語になっていない箇所が目につく。
・誤訳も目立つ。そのせいで話の前後がつながらない。
【例】
上巻p.29「丁年(ていねん)」→満二十歳の意味で使われている。
上巻p.26「おあいそされようとは」→漢字にすると「お愛想されようとは」になると思うがどういう意味?
上巻p.60「一本立ちを鼻の先にぶらさげて」→まったく意味不明。

河出文庫

『高慢と偏見』(オ-2-1)
【文体の特徴】
直訳風のぎこちない日本語。
言葉づかいが古め。
【良い点】
特になし
【悪い点】
直訳風な文章で日本語として不自然。特に会話だと不自然さが大きく感じられる。
【例】
P.52「カルタ」→トランプのこと
P.14「婦人たちのおどろきは、まさに彼の望んだとおりだった。ベネット夫人のそれは、ほかのだれよりも大きかったであろう」→いかにも直訳に感じる。「ベネット夫人のそれ」は日本語としておかしい。

ちくま文庫

『高慢と偏見』上下巻(お42-1、-2)
【文体の特徴】
くだけた言葉づかい。
分かりやすい日本語。
【良い点】
とにかく読みやすい。
訳注が多く、当時の常識や文化が分かる。
【悪い点】
・くだけすぎている。特に、会話。
・分かりやすく書き換えた文章なので、原文とはかけ離れている(マンガ化された二次創作物を読むような感覚でよいのなら問題なし)。
【例】
上巻P.7「取らぬタヌキの皮算用」
上巻P.8「ちゃんと知っとかなきゃだめ」
上巻P.8「決まってるじゃないの」
上巻P.9「ありゃしません」

光文社新古典文庫

『高慢と偏見』上下巻(K Aオ 1-1、-2)
【特徴】
明治や江戸時代の日本を舞台にした小説のような古い言葉づかい。
【良い点】
特になし。
【悪い点】
・イギリスを舞台にした小説としては違和感を感じる文体。
・訳者が有名な方なので、訳者の他の訳と同様な読みやすさを期待していると裏切られる。
【例】
上巻P.7「旦那さま」妻が夫を呼ぶとき
上巻P.7「奥方」妻のこと
上巻P.9「器量よし」
上巻P.10「気病み」
上巻P.108「文を認め」読み仮名あり「ふみをしたため」

新潮文庫(新訳)

『自負と偏見』小山太一 訳(オ-3-1)
【特徴】
現代的な書き言葉の口語体
【良い点】
普通の日本語で書かれている。
訳注がある。
【悪い点】
・ところどころに、古くさい表現、妙にくだけた表現、大げさな表現、意訳しすぎな表現がみられる。(未確認だが旧訳の影響かもしれない)
・訳者の解釈で文章が書き足されていることがある。人物の気持ちを表す文章を追加することまでしている。(未確認だが旧訳の影響かもしれない)→マンガ化された二次創作物を読むような感覚でよいのなら問題なし。
【例】
p.20「舞踏会といえば踊ることしか知らないふたりは」→原文に、こんなことは書かれていない。
P.21「あんなのを気に入るほうがおかしいもの」→原文に「あんなの」や「おかしい」というところまで書かれていない。単に "indeed, nobody can" とだけのシンプルな文。
P.109「埴生の宿」(はにゅうのやど)原文はhumble parsonageで直訳すれば「粗末な牧師館」となる。牧師がへりくだって自分の牧師館を指していった言葉。
P.66「女中頭」原文では "housekeeper" で、現代と違い当時は女性の召使の最高位のこと。他のメイドの監督をした。ちなみに、ちくま文庫、光文社も「女中頭」、他は直訳して「家政婦」となっている。(housekeeper についての詳細は wikipedia のハウスキーパーを参照)

中公文庫

『高慢と偏見』(オ-1-5)
【特徴】
堅い文体。
漢字が多い。現代では平仮名で書くところを漢字にしている。
【良い点】
訳注がある。
人の名前の呼び方の解説がある。
【悪い点】
・一般的に使わない漢字が多くて非常に読みにくい(必要もないのに旧字を使う、今では漢字表記しない言葉を漢字にする、など)
・訳者序文で、ネタバレしている(あとがきではなく、序文で!)。
【例】
普通は使わない漢字表記の多用
P.16「返辞」→返事
P.17「或は」読み仮名あり「あるい」。標準的な送り仮名では「或いは」
P.25「齢下」→読み仮名なし。「年下」の意味で使っている。
P.46「近附き」→近づき
P.51「挑撥」→挑発
P.53「藝事」→芸事
p.70 「真赧」読み仮名で「まっか」とあり「真っ赤」の意味で使っているらしい。
P.230「低声」読み仮名あり「こごえ」

四字熟語の多用
P.41「慇懃丁重」
P.196「吃驚仰天」読み仮名あり「びっくりぎょうてん」
P.249「斎戒沐浴」読み仮名あり「さいかいもくよく」
P.390「意気銷沈」 →意気消沈のこと
P.391「霧散霧消」
P.392「欣喜雀躍」読み仮名あり「きんきじゃくやく」
P.394「軽佻浮薄」読み仮名あり「けいちょうふはく」
P.396「多弁饒舌」
P.400「戦戦兢兢」 → 戦々恐々のこと

その他(参考)

ハーレークイーン
『高慢と偏見 (HQ Fast Fiction)』
【特徴】
ごく自然な現代口語体
【良い点】
読みやすい。
自然な日本語の文章となっていて違和感がない。(ちなみに、housekeeper を時代を考慮してきちんと家政婦長と訳している)
【悪い点】
書籍情報に記載がないが全訳ではない。色々と削られていて、恋愛物語に特化した感じ。

あさ出版
『誇りと偏見』
2020年に出版された新訳。サンプルとして無料公開されている第1章、第2章を読んだ感想を参考までに書きました。このまま出版されているのかと不安になる内容だったのですが、実際の出版物でも同じかは未確認です。→【追記2021/1/16】紙の本でも同じことを確認できました。該当箇所のページ番号を追加しました。全般的におかしな日本語との印象でした。

【良い点】
・現代口語訳。
・細かい訳注がついている(ただし、本文中にカッコ書きで書かれているので長い訳注だと邪魔に感じる)。
【悪い点】
推敲不足、校正不足。不適切な訳語のために話の流れがおかしな箇所が目につく。
【例】第1章より
(1)p.8上段「リジーは他の娘たちよりは利発~」→「利発」は子供に対して使われることが多く、すでに20才のリジーに対しては不自然。
(2)p.8上段「あの娘を優先なさるのね」→父が手紙を書こうと言ったあとリジーだけ誉める言葉を入れようとしたことに対する母の言葉。「優先」より「贔屓(ひいき)」が適切。
【例】第2章より
(1)p.9上段「そのため」と訳しているのに、前後が「そのため」でつながらない内容。
(2)p.10上段「明日から二週間目よ」→話の流れより「明日から二週間後よ」が適切。
(3)p.10上段「私をじらすの」→「私をからかうの」が正しい。「じらす」には「待たせる」意味を含むが何も待たせていないのに「じらす」を使っている。話が進むとじらされていたとわかるが、この時点では知らないので「じらす」と発言できるわけがない。
(4)p.11下段「大儀でねえ」母親が話す言葉で使われている。間違ってはいないが突然古くさい言葉が出てきて不自然に感じる。
(5)p.11上段「妻の有頂天にうんざりして」→「有頂天」という言葉は単に「喜びの絶頂」というだけでなく「得意げになる」という意味合いを含めて使われることもあるのでここには適さない。