鳩の脚【日記】
死んだ生き物ばかり見つけてしまうのは、私が常に俯いて歩いているからなんだよね。
この前はいっぱいのミミズが干からびて死んでいる道を歩いたし、その前には口から血を流して死んでいるネズミを見たし、今日は鳩の脚が落ちてるのを見つけた。
夜勤明けはいつも、世界に灰色の薄い膜がかかっているみたいなかんじでなにもかもが遠くて、やっぱり今日も世界はそうなっていて、見えるもの聞こえるもの全部が遠くて、でも鳩の脚の赤を見た瞬間に膜はなくなって世界が戻ってきた。
脚、が、落ちてるなあって思って、これは鳩だなって思って、思いながら通り過ぎて、家に帰ってシャワーを浴びながらあの脚の持ち主だった鳩の、脚以外の部分はどんなふうにちぎれてるんだろう、どこにいっちゃったんだろうって考えて、それは本当にどうでもよくて、夜勤明けにぼうっと考える事柄としてこれ以上相応しいことなんてないような気がするくらいどうでもよくて、鳩の脚は、なんであんなふうに赤いんだろう。
なんでどうして、って考えることのほとんどについて、私は、本当には興味がない。なんでどうして、って考えてるふりをして、それは色々をやり過ごすのにとても丁度良くて、都合が良くて、だから答えも理由もいらない、本当は全部。
夜勤明けはいつも、世界に灰色の薄い膜がかかっているみたいなかんじがする、というのは嘘で、本当は私自身がなんか、なんかよくわからないけど灰色の薄いものになっていて、私自身が薄まっているからなにもかもが薄まって見えて、薄いものは不確かで、不確かな私は世界から遠くなる。
ミミズの干からびたのはいくらでも踏めるけど、鳩の脚は踏めない。
鳩の脚を踏めなかった私は濃くなって、実体を取り戻して、もちろん最初から実体を失ってなんかいないんだけど、それで、とにかく、私は、世界の中に戻ってきた。
ただいま、おやすみ。