「VIOLET」#おすすめミュージカル
2022年6月13日(月)日本時間9時、第75回トニー賞の受賞式がWOWOWで生中継された。
注目の「リーマントリロジー」では出演した3名全員が主演としてノミネートされる異例の事態となった(3名で3時間やる舞台なのだ)。名優サイモン・ラッセル・ビールひとりの受賞が決まり、『リーマントリロジー』役者全員が同時受賞……なんて前代未聞なことはなかったわけだが、毎年何が起きるか分からないトニー賞からは目が離せない。
7年ぶりブロードウェイ凱旋のヒュー・ジャックマンの『ミュージックマン』もまた注目された。これは田舎に”ミュージックマン”なる詐欺師が現れて、ブラスバンドをつくるとホラを吹く、そして楽器や衣装の金を巻き上げる……。共演したのはサットン・フォスターだ。
今回は「おすすめのミュージカル」として紹介するのは、そんなサットン・フォスター主演で、同じく第68回トニー賞(2014年)で4部門でノミネートされた「VIOLET」だ。ミュージカル主演女優賞、ミュージカル・リバイバル賞、ミュージカル演出賞、ミュージカル助演男優賞と、各部門で名前があがったほど完成度の高いステージである。
トニー賞では受賞式の合間に5分のスペシャル公演(正しい名称は?なんだろ)が上演される。たった5分の尺だが授賞式の会場で、セットも役者も、衣装も全て同じようにステージを作り上げる。プロモーション効果は絶大らしく、むろん、費用も莫大らしい。
同年はニールパトリックハリスによる「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」や「アラジン」やら、イディナメンゼルの「if/then」など派手でエネルギッシュな作品が多かった。しかしWOWOWの生中継を見ながら、「VIOLET」もまた私の記憶に深く印象付けられていたのである。
ただ、私はブロードウェイも英国も本場を知らず。きっとこんな話らしい。こんな舞台らしい。と勝手な妄想を続けるしかなかった。旅に出るらしい、軍人が出るようだ、とか。とくに少女時代と大人時代のクロスしてるっぽい演出がモロ好みだった。解説ではロードムービーといっていたが、はたして。
それから数年、見覚えのあるフライヤーに驚いた。「梅田芸術劇場×チャリングクロス劇場」の日英共同プロジェクト。日本公演がきまったというチラシを目にしたのだ。
ジニーン・テソーリ楽曲をそのまま(日本語訳で歌われる!)、そしてミュージカル作品を数々手掛けた藤田俊太郎演出。NHKBSで特集もあったようだ。
日本キャストのリメイクでも、輸入コンテンツでもない、なんかこう本場のものを!共同でつくって!日本でまじで演じる!っていう感じが私の胸を熱くさせた。
「VIOLET」のあらすじはこうだ。少女時代に不慮の事故によって、顔に大きな傷を持つことになった・バイオレット。顔の傷によって彼女の人生は一変した。25歳になった今、すぐに治療してくれなかった父親を恨みもしていた。すでに顔の一部となってしまった傷、治療は田舎では不可能。バイオレットがすがったのはテレビ伝道師だった。彼の奇跡ならきっと傷を癒してくれるだろう!西へ、西へ、バスに乗り込んだバイオレットは長い旅をはじめる。
オープニングで歌われる「マイウェイ」は、そんなバイオレットの旅立ちへの決意を込めたナンバーだ。Wキャストの両バージョンが聞ける。(わたしは優河さんバージョンで観劇した)
♪マイ・ウェイ_優河Ver. ミュージカル『VIOLET』より
♪マイ・ウェイ_唯月ふうかVer. ミュージカル『VIOLET』より
そもそもテレビ伝道師ってなんやねん、と思うんだけども。テレビが普及した1960年代のアメリカには、テレビ通し信仰を促す番組や人がけっこうもてはやされたようだ。とくにバイオレットがみた番組では生放送でけが人を治し、さらに電波を通じて奇跡をあなたにも!と訴える内容だった。それで実際に治る人もいたというのだが、つまり、そう胡散臭い!
バイオレットの願いの成就は困難を極めているのだが、彼女の生い立ちや考えに願いを叶えてやってほしい。素直にそんな気持ちにもさせる。
ストーリーは、けっして派手な話ではないのが分かるだろうか。
傷を癒せぬまま成長した彼女は旅を通じて、いろいろな人に出会う。ラブもある。何かを得て、失って、気づき、そして人生を手に入れる。
日本公演は2020年4月、知っての通りコロナ禍の渦中であり、本来1カ月以上を予定していたものが全公演延期となっていた。開催ができたのは9月4日~6日のたった3日間だった。おわりの見えなかった緊急事態宣言。まさに世の混乱のなかでの公演。
非日常の中で多くの人々も同じように傷ついていたかもしれない。目には見えない傷だったけれども。ステージに灯りが灯った瞬間から、観客にとっても長い旅がはじまっていた。いつしか観客はバイオレットに、自分を重ねはじめる。バイオレットはひとり旅だが、田舎育ちでポーカーが強かったし、酒も飲めた。そして賢い女性だった。彼女を取り巻く一人一人の苦悩と希望。バイオレットの覚悟に強く惹かれる。そして彼らの姿に終幕にはスタンディングオベーション。今でも目を細めると、スポットライトの中に立つバイオレットたちのステージが見えるようだ。
そして、もうひとつ”奇跡”もあった。
ヴァイオレットの旅開始から、なんとぴったり56年後の本日、ついに『#VIOLET』が開幕します。1964年9月4日(金)に出発したヴァイオレットが、この物語でひとつの終着点に辿り着くのが9月6日(日)。なんと旅の日程と公演期間、曜日まで全く同じ。狙ったわけでもないんです。ー-ミュージカル『VIOLET』@musical_violet_
なぜ観劇から2年近くたった今、「おすすめのミュージカル」として書くかというと。再演してほしいよ!っていう願いに他ならない。DVDでもいいけど……そもそも日英共同プロジェクトなんて胸アツプロジェクト、翌年2021年の第二弾はコロナ禍の影響によって公演中止のまま。(ミュージカル 『消えちゃう病とタイムバンカー The Vanishing Girl & The Time Banker』<公演中止>)
そもそもリバイバル・ミュージカル作品って「こんな舞台あったんか、今見ても感動するわ」っていう新しさと発見の兼ね合いだし、動画を見返すと観劇前よりずっとわくわくしてしまう。もちろん新作の演目だって、見たいものはたくさんある。でも。これだけの作品、日本でたった3日間しかやってない事実だって、信じられなくない? また昔の私のようにYouTubeの動画に思い焦がれる人がどこかで公演を待っているかもしれない。そんな風に思いを残しておこう。