見出し画像

ポルシェに乗った地下芸人.9

ライブが始まった。金属扉の向こうに耳を澄ませる。

「はいどうもー」。1組目は漫才師らしい。

「俺、お笑いで売れなかった時のためにコンビニ店員の練習したいんだけどいいかな」

お前らは売れてないし売れない。まず、「はいどうもー」という模倣を安易にしている時点でお笑いへの適性がないではないか。

勝手に批評してしまう。これは僕の習慣だから仕方ない。

しかし不思議だ。なぜ彼らはバイトの練習をするのだろう。

こいつらはきっとコンビニでバイトをしているだろう。コンビニでなくても、類似するバイトだ。こんなベタな漫才の入りをする人間が、高額報酬を得られる仕事に就けるはずがない。

お客様だってこう思うはず。「バイトの練習ってなんやねん」と。「練習するまでもなくお前らはバイトしかしてないだろ」と。

漫才の入り口がすでに違和感しかない。きっとYouTubeで見た漫才動画を必死で真似して練習したのだ。

ネタが進んでも笑い声が一切聞こえない。そりゃそうだろう。

徐々にネタが早口になるのが分かる。ウケてないから焦っているんだな。声も大きくなる。

まさか、全然ウケていないのに後半に向けて盛り上がるタイプの構成なのだろうか。

ちなみに僕はまだ漫才をした事はないが「紳竜の研究」というDVDを観ているので漫才には詳しい。

だから、1組目の漫才師がなぜ面白く無いのか手にとるような分かる。これが経営者脳だ。

客席の笑い声がゼロのまま間の抜けたアップテンポロックが流れて次のバーニングサマーがコールされる。

さてさて、僕も舞台袖に待機するとしよう。音がしないように金属扉をそっと開けて中に入る。

袖に入りギョッとした。ブリーフを穿いた男が薄明かりの中に2人立っていた。ペルル2世と僕の前の出番であるYU-TAだ。

僕の前2組が、ブリーフ被りだ。しかも、ペルルは顔面を真っ白に塗っている。もう1人は、ブリーフなのに足にはUWF系プロレスラーのような黒のレガースをつけている。

マジでこいつらなんなんだ。実に面白いではないか。

興奮してきた。これだ、これがテレビでは観られない笑いだ。いや、もうこれは笑いかどうかさえ分からない。

当たり前にブリーフ芸人が2人も続くのか。これはこういったライブのあるあるなのか偶然なのか。少なくとも、僕が求めていた世界がここにある。

出番前の緊張なのか、ブリーフ2人への期待なのか分からないが鼓動が早い。

ちなみにバーニングサマーも無笑いであった。それはそうだろう。コンビニの練習の後にファミレスの練習なのだから。

しかし、こいつらは「練習」が好きなようだ。すぐに何かを練習したがる。しかも練習の必要が無い、こいつらの日常を練習する。不思議だ。

再び間抜けなインストが流れペルル2世が舞台へ出る。

袖と舞台の間は黒い分厚いカーテンで仕切られているのだが、ペルル2世が出るときに顔がこのカーテンに触れたのだろう。カーテンに白い塗料が付いていた。

ペルル2世は元気良く行進しながら歌う「日勤、夜勤、日勤、夜勤♪」。何やら楽しげだ。客席からクスクス笑いが少し聞こえる。

ペルルは舞台上をグルグルと行進を続ける。

「日勤、夜勤、日勤、夜勤、日勤、夜勤、、、過労死!!」行進を舞台中央で止め、ペルルは叫んだ。

僕は思わず声を出して笑ってしまった。心の芯から笑ってしまった。ペルルはさらに続ける。「わさび醤油ピュー」乳首から何かが噴き出す様を手で表している。

なぜ乳首からわさび醤油なのだ?これまた笑ってしまう。しかし客席は静まったままだ。こんなに面白いのに何故なんだ。

「あっ」僕は気がついた。ペルル2世のブリーフのフロント部分は焦げ茶に染まっているのだ。客席からは真正面にシミが見える。そこに気づかれてしまったのだ。

それでも、声を張り上げわさび醤油を飛ばすペルル。しかし、無常にも時間切れで照明が徐々に落とされる。3分経過で照明が暗くなりはじめ、3分15秒で完全に暗くなるシステムだ。

そしてもう1人のブリーフであるYU-TAがコールされる。舞台に出ていく、と思いきや、舞台袖のマイク持って歌い始めた。カラオケもなく、アカペラで西野カナのトリセツを歌い始めたのだ。

これにも笑ってしまう。やられたと思った。わざわざブリーフをはいてるクセに舞台に出ない。おそらくお客さんもそれを知らないだろう。なのに、舞台袖でトリセツを歌っているのだ。しかも上手い。ビブラートを効かせている。

YU-TAは多分20代前半だろう。少しぽっちゃりしてて童顔。かわいらしい顔をしている。そんなYU-TAはブリーフでトリセツなのだ。そういえば、YU-TAのブリーフはとてもきれいだ。よく見ると重ね履きをしている。きっと局部が透けないような心遣いなのだろう。

トリセツは続く。まさかの2コーラス目に突入だ。しっとりと歌い上げている。1コーラス目より感情を込めて、切ない女の子の気持ちになって歌っている。

ついにCメロだ。

替え歌でさえない。ただ普通に、すごく丁寧にトリセツを歌っている。

歌い終えた。YU-TAは舞台袖で「ありがとうございましたー」と言った。舞台の照明が落ちる。

また笑った。これはなんで面白いんだ。舞台に出ないというトリッキーさもさることながら、ちゃんと舞台衣装をまとって舞台袖で歌い上げている。

実に感動していたが、次は僕の出番だ。感動の余韻を振り払うように、照明がついた舞台に僕は出て行った。

皆さまの支えがあってのわたくしでございます。ぜひとも積極果敢なサポートをよろしくお願いします。