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ポルシェに乗った地下芸人.8

開演時間の19時が近づき、薄汚いビルの裏手は薄汚い芸人で混雑してきた。

生乾きの臭いがそこらじゅう漂っている。こいつらには洗濯用漂白剤という知識が無いのだろう。

雑菌だらけの洗濯機で雑菌まみれの服を洗い、空気の淀んだ部屋に干している。だからこんなに臭いのだ、

そもそも、これだけ自分の服が臭い事をどう思っているのだろう。

僕はポルシェで来ている。こいつらはきっと電車だろう。この臭いで公共の交通機関を利用しているのだ。僕は、こういうやつらと身体を接して電車に乗るのが嫌で、電車に乗らなくていい事業を選んで会社をつくった。

なのに、こんな場所で大量の生乾き達と接する事になるとは。

同じ柄のスーツに着替えた二人組。漫才師なのだろう。シワシワのスーツにヨレヨレの、首元が真っ黒に変色したワイシャツ。舞台衣装のつもりだろうが、なぜこんなみすぼらしい格好をするのか。

きっと、衣装を揃えたらそれで漫才師に見えるとでも思っているのだろう。

それに引き換え、僕はあえての黒ツナギだ。逆にエッジが効いている。逆にだ。

心の中で絶妙なマウンティング思考を楽しんでいると、先程の海原氏が金属扉から顔を出して言った。

「じゃあ、開演するで」

薄汚い生乾き芸人達が「よろしくお願いしますっ」と元気に声を合わせる。

一応僕も「お願いします」と頭を軽く下げた。

どうやら、前回の中野の地下劇場と違って舞台袖が狭い為、自分の出番の3つ前の出演者が舞台に出たら、金属扉を入り舞台袖で待機するシステムらしい。舞台袖には2組待機するのだ。

前半5組目である僕の2つ前がペルル2世だった。しかし、3つ前のバーニングサマーという芸人を知らない。まずコンビかピンかもわからない。

まだお笑いを始めたばかりの僕は、本来なら全員に挨拶してまわるべきなのだろう。テレビ番組の本番前に挨拶に行かなかった若手芸人が、司会の大御所芸人に本番中に激怒されたというニュースを見た事がある。いや、YouTubeでがっつり動画で確認している。

でも、それは明らかに売れている大物芸人に対してだけのシステムだ。こいつらは全員3,000円も払ってこのライブに出ている。それなら僕と同等の立場だ。なんなら年齢が上の僕に対して敬意を払うべきでさえある。

この完璧な理論武装により、僕は挨拶をしなくていいと決めた。だからバーニングサマーが分からない。いや、本来なら、バーニングサマーから挨拶に来たっていいはずだ。芸歴なんて誰も分からないのだから。

それとなく耳を澄ませる。先程の汚いワイシャツとシワシワスーツの2人が苔の生えた汚いブロック塀に向かって小声で話している。これはネタ合わせだ!!

更に耳を澄ませる。

「はいどうもー、バーニング田中とサマー林でバーニングサマーでーす」

いた、バーニングサマーだ。危ないところだった。ありがとうバーニングサマー。漫才師ってなんですぐ「はいどうもー」って言うんだろう。オリジナリティが無いなぁ、だから売れないんだよ。とか思ってごめんね、バーニングサマー。

僕の前はYU-TAという芸人らしい。多分ピンだろう。こいつは分からないが、バーニングサマーとペルルを目印にしておけば僕の出番は分かる。これなら安心だ。

金属扉から中の音が聞こえる。

ダサいパンクロックみたいな音楽が流れて、10秒くらいでフェードアウトする。

「はいどうもー、コリコリライブへようこそー」先程とはうってかわって陽気な海原氏の声だ。

しかし、芸人というのはどいつもこいつも「はいどうもー」だ。はいどうもーの大安売りをしている。アメ横のチョコレート屋かと思う。

海原氏はライブの説明をしているようだが、もう興味はない。スマホを開いて今日やるネタのおさらいをする。とびきりの下ネタ漫談だから、自分で書いたネタを読み返すだけで口元が緩む。実に面白い。

ライブが始まった。

アップテンポのインストが流れて1組目の芸人の名前が読み上げられる。

コリコリライブが始まった。コリコリってなんやねんと思いつつ、自分の出番を待った。

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