サン=テグジュペリの飛行機と、田中さんの野球。
ゆるい野球ファンとして、田中浩康さん(内野手・元横浜DeNAベイスターズ)のnoteを読んで思ったことを応援に代えて。なにかのプロが、みずから文章を書いたとき、そこに宿る力のこと。
noteの中の人である友人に教えてもらって、田中浩康さんのnoteを読んだ。
田中さんは、イチロー選手に影響を受けて、「田中浩康杯」という少年野球の大会を主催しているのだという。noteで記事が4本入った有料マガジンを作り、その売り上げは大会運営費に充てるのだそうだ。
私は23年来のイチロー選手ファンで、野球を観るのはけっこう好きである。昨年はアメリカでイチロー選手のヒットを見、先月は東京ドームで友だちと日米野球を観戦した。夏の高校野球では、東北出身者として、優勝旗が福島にある「白河の関」を越えるのを、ずっと待ちわびている。今夏はもちろん、金足農業を全力応援であった。
でも、なんというか全体的にはゆるい野球ファンなので、現役時代の「田中選手」のことは実は知らなかった。
けれど、書き出しのイチロー選手とのエピソードに引き込まれ、プロ野球の世界を「夢の世界」と言い切る感じ、今秋引退して、これからの新しい表現の場としてnoteを選んだという経緯・・・ほかのnoteも読んでみたくなったし、同世代の「セカンド・ライフ」を応援したくなった。
マガジンの値段は500円。「生ビール一杯ぶんの価格」と書いてある。
ちょうど、忘年会を一足先に抜けて帰る電車の中で、noteを読んでいた。
忘年会でもう1杯飲んだはずのビール代だと思って、マガジンを購入した。
プロの経験をみずから書く
田中さんの文章は、誰もが体験できるわけではない「プロ野球」という世界に、14年間賭けてきた人の書く文章だ。21日に公開された「二度の「契約満了」について」を読んで、ああ、ここには、なにかに賭けてきた人が書く文章に宿る力があるな、と思った。
なにかに賭けてきた人、誰もが経験することがでできるわけではない世界で特殊な技能で身を立ててきた人は、その「なにか」や特殊な技能のことを誰よりもリアルに知っている。そして、その「なにか」や特殊な技能を通して、世界がよりクリアに見えている。
わたしたちは、体験できない世界のことが知りたいし、自分たちには獲得しがたい視点を得たい。そんな気持ちに応えて、アスリートだったり職人だったりのインタビューや密着番組がある。けれどもそれは、あくまでもこちら側の人間の解像度で対象を捉え、編集・構成したものだ。
それに対して、たとえば田中さんのようにアスリート本人が文章を書いたとき、それはプロが捉えた世界そのまま、解像度高く対象を見つめたクリアさそのままがわたしたちに届くことになる。
有料マガジンの内容なので、あまり詳しく書けないけれど、この話は、田中さん自身が、俗に言う「戦力外通告」をされて「引退」を決めるまでの話だ。最近はテレビなどで「戦力外通告された男たち」といったドキュメンタリー風の番組が組まれて、いろいろな選手のドラマチックなエピソードが取り上げられたりしている。
でも、田中さんのnoteを読むと、実際のところ「戦力外通告」という言葉はなるべく使わないようにしているのだ、という業界事情とその意味を知ることになる。それは「戦力外通告」ではなく「契約満了」なのだ、という田中さん自身の考え方、そこにいたるアスリートとしての日々への向き合い方が語られる。ヤクルト時代に一度「契約満了」となったとき、スーツで話し合いに臨んだ気持ちや、DeNAへの移籍が決まったときに最初にしたことのエピソードから、田中さんの人柄が透けて見える。
聞かれて話すのではなく、自分で文章を書くことは、なにがその人にとって大事かを浮き彫りにする。真剣に向き合ってきたことすべてのうちで、何を書くのか、どの順番で、どの筆致で書くのか。そこに書き手の価値観と人間性が表れる。プロが見てきた世界をそんな風に伝えてもらえる魅力が、田中さんの文章にはある。それは「契約満了」のような重い話はもちろん、軽いエッセイについても言えることだ。
私は、実は今書いたようなこと、つまり何かに賭けてきた人の文章には力があるということを、高校生の時にサン=テグジュペリの『人間の土地』を読んで以来ずっと思っている。
当時ほとんどの人が体験し得なかった空の世界のことを、パイロットとして命を賭けて空と向き合ってきたサン=テグジュペリが文章にしたのが『人間の土地』だ。そこでは見たこともない空の世界、飛行機乗りの世界が解像度高く描き出され、危険と隣り合わせの仕事をする中でサン=テグジュペリが見いだした人間の真理が語られる。当時の読み手に与えたインパクトは大きかっただろうし、現代に生きる我々世代にも強く迫るものがある。
サン=テグジュペリは飛行機を通じてこうした視野と思想を培い、文章へと練り上げた。サン=テグジュペリにとっての飛行機は、田中さんにとっては野球なのだと思う。
夢と憧れへのアクション
さてしかし、私はなんで一生懸命このnoteを書いているのだろうか。
サン=テグジュペリの飛行機のことを思い出した、というのはある。
イチロー選手きっかけ、という事実も無視できない。
けれどもそれ以上に、数ヶ月前に引退したばかりの同世代の元プロ野球選手が、その年の暮れに楽しそうに文章を書いているという事実に励まされているのだと思う。
田中さんの文章には、「夢」とか「憧れ」とか「影響を受けて」という言葉がよく出てくる。30代後半になって、「夢」や「憧れ」という言葉をまっすぐに使うこと、好きな人やものから影響を受けて、行動に移すこと。どちらもエネルギーがいる。同世代だから分かる。村上春樹に憧れて、エッセイを書いてみたいと思う人は数多いるだろうが、実際に書いて、こうして表に出していく人がどれだけいることか。
私も今、キャリアの転換点を迎えつつある。だから、「セカンド・ライフ」のために、新しいチャレンジを楽しんでいる田中さんを、野球ファンとしても同世代としても応援したいと思っているのであった。
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