見出し画像

藝術とか慣習とか

いやはや。昨日私はかなりショッキングな芸術作品をスマホで見た。
それは会田誠氏の作品の「犬」です。
はじめはよくわからなかった。まだ成人していないような少女と月?
ある意味きれいでもあった。
でもなんか気になる。
よく見ていくとその女の子の手の先と足の先がない。
「え?」
でもって、首には首輪。
「え?」
だから「犬」?
犬のように四つん這いに歩く。首輪とリードをつけられてお散歩?
なにこれ?

ショックで何回も見てしまった。

実はショックで何回も見たことのある写真は以前にもあった。

中国の古い慣習で女の子の足を布で縛り、小さく変形させる「纏足」。
この纏足の女性の足の写真を見た時も同じようにショックだった。
しかも奇妙な「纏足」という慣習はエリート層の女性に行われていたもの。
何のために足を変形させる?
行動を制限するためとか性的に楽しむためだとかいろいろあるらしいが、
はっきり言って女性の立場からすればきちんと歩けないのだから、そんな
制限は迷惑じゃなかったのか?迷惑を迷惑とはっきり言えないその古くからの「慣習」。

もう一つは昔の朝鮮の「乳だしチマチョゴリ」を着る女性の写真。
この写真を見た時も、なぜこのような衣服を着ているの?もしかして着せられているの?とも思ってみたが、どうやらこの「乳だしチマチョゴリ」を着ることができるのは長男を産んだ女性の「特権」らしい。
特権!!!!?
そんな特権あるの?いらないよねそんな特権。

男性の女性を子供を産む道具か若しくは性の娯楽をしか考えていなかったようなそんな思いにぶち当たる衝撃的な二つの写真。

でも日本にはそういう衝撃的なものはなかった。だからなんだかんだ言っても日本は男性は自分の妻を「かみさん」といって平等に接していたんじゃないかと思っていた。

しかしこの「犬」という作品に出会ってしまった。

この作品の女の子は餌という食事を与えられ、自分でお尻を拭くこともできず、自由をまったく制限されている。首輪をはめられ、リードで散歩。
今かわいがられている犬すら洋服を着ているというのに、作品の女の子は
はだかのまま。

男性の思考の結果である「犬」という作品をみて、世の女性はいったいどうとらえたらいいか・・・。

こんなに女性の無価値化が進んでしまったのだろうか



いいなと思ったら応援しよう!