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とめどない想いは溢れる前に飲んでしまえ。
登場人物
カナコ
新人OL バタバタと毎日が過ぎる。主人公
シゲ
カナコの幼馴染。モテる男。性格はいいがだらしない。
タケ
存在しないはずの人。誰の記憶にもいない。謎の人物。
ー深夜のファミリーレストランー
どこの席も空いていて、1人なのにファミリー用のテーブルにカナコが座っている。
水のコップの中に入った氷を指でくるくると回す。
カナコ「あー。この氷のように回るだけの人生を過ごしたい」
10分前までマッチングアプリで出会った男性と食事をしていた。男性とのキャッチボールがひどくつまらなく、失礼も承知で帰ってもらった。
最近はどの男性も飽き飽きするくらい面白みがない。スポーツの話か、アプリの話、自慢話とかしかないんか。退屈と思い、SNSを見てもつまらない文字の羅列が踊っている。そんな毎日ならいっそ溶けてしまいたい。今の夢は氷になることである。
携帯が振動する。
見るとシゲからのLINE。
シゲとは小学校からの幼馴染。たまにいまでも連絡を取り合う仲。シゲは面白いやつだが、色々とだらしないのが嫌なとこだ。
「彼女と別れた」というLINE。
カナコ「知らんがな」と静かな店内に響き渡るツッコミ。あっ!我に返った時には恥ずかしく、そそくさと店を出る。
ーカナコの部屋ー
オートロックのマンションの502号室。
玄関の棚に鍵を置き、そのままベットにダイブする。LINEを開く
「なんで?」ととりあえずシゲに返信。
「分からん」
「分からんことはないでしょ」
「いや、分からんもん」
「フッた?」
「フラれた」
「何かやったでしょ」
「浮気ぐらいかな」
「それだよ!」とまた声が出てしまった。本当にシゲはだらしない。こういうだらしなさだ。
「遊びに行っていい?」とLINE。
いや、これはまずい。これはなんだかんだのパターンだ。以前もあった。あれは高校の時、突然家に来て、遊んでいる流れであれよあれよと・・。未遂。あれは未遂。
ー小学校の校庭ー
「カナコちゃんたっちー」
気づくと私は子供の頃通っていた小学校の校庭にいた。どうやら鬼ごっこをしているらしい。
「カナコちゃんまた鬼だね」と女の子が言う。
「まぁ足遅いからかな。頑張って追いかけるね」私がそう言うと女の子は走り出した。追いかけようとする私に
「ほら、またそんな感じだ」と大きな声。振り向くとそこには髭面でメガネのまったく知らない大人の男の人がいた。
「またそうやって気持ちを押し殺して。違う遊びにすればいいじゃん」と言いながら近づいてくる。近づいてみてもこの人のことは知らない。
「僕はタケ。とりあえず歯を食いしばって」と言われるがままに歯を食いしばる。
ドーン。と殴られた。大人が子供を殴った。
ーカナコの部屋ー
衝撃で部屋の壁にぶつかる。気づいたら部屋にいた。あれは夢? 何? 手にある携帯を見るとLINEの打ち途中だった。
“いいよ”とまで打ってある。
「またそうやって気持ちを押し殺して」とさっきの髭面男の言葉がリフレインする。
嫌だった。あの時のあの行為は嫌だった。そう未遂でも嫌だった。流されるな。私。気持ちは溢れてもいいはずだ。
ー夜の花火大会ー
ドーン。とあがる花火の音。気づくと私は浴衣を着て花火大会に来ていた。人混みから離れ、花火が少し見えるところから花火を1人で見ていた。
この時は好きな人と見るはずだった。当日ドタキャンで。「ごめん」と言われて「いいよ」と答えた。現地集合だったので仕方なく1人で花火を見た。
「この光見ても楽しいのか?」
その声に振り返ると髭面メガネがいた。
「この時も嫌だっただろ?」
「あなたは誰なの?」
「わたし? 僕はタケだよ。そう言っただろ」
「知らない。この時の私の記憶にはいないはず」
「よく鮮明に覚えているね。いたかもしれないよ。忘れられているだけで」
「そんなことは。私はこの日の記憶は鮮明に覚えている。あなたはいない。私しかいないはず」
「それならそれでいいんだ。もうすぐ音がするよ」
ドーン。大きな花火の音。
「この音に合わせて気持ちを吐き出してみるといい」
「え?」
ドーン。また花火の音。タケという髭面メガネがほらやってみなという顔をする。
花火が弾けるタイミングで私は今思っていること、今まで思っていたこと。全部吐き出した。
大きな声で思いの丈を全部喋った。
私の言霊も花火と共に光となり散っていった。
「何でもそうだけど、無理して飲み込むことはない。吐き出していこう!」そう言って去っていくタケ。
「あなたはなんなの?」
「だからタケだって」
ーカナコの部屋ー
気づくとまた部屋に戻っていた。手に持っている携帯をLINEで気持ちを伝え終わっていた。それからシゲからの返信はない。
ー喫茶店ー
あれから妙に心が軽い。仕事の合間の休憩で喫茶店に入る。メニューを見て、久々飲みたくなったメロンソーダ。上にのっているアイスクリームが揺れて溢れそうになる。いつもなら慌てるが今日は見逃してみる。
溢れるのも悪くない。