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年越しは紅白

 その年の大晦日は随分と寒かった。なのに私はその年に限って、近所の神社に初詣に出掛けようという気になった。多少は大晦日らしい食事でテレビを見ながら酒を呑み、どのチャンネルも目玉の番組が終わった頃だった。
 ふらつく足で神社の階段を上る。既に参拝を終えた家族連れが破魔矢を手に下りてくる。私が子供の頃から変わらない、ありきたりの光景だ。息を弾ませて階段を上りきり、鳥居をくぐって拝殿に正体する。境内は思いのほか人が少なかった。石畳の参道をゆっくりと歩いて行く。足取りが覚束ない。ちょっと呑みすぎたかなと思ったが今更どうにもならない。
 参道を半分くらい歩いただろうか。横の方で紅い何かがチラついた気がした。実際に視界に入ったのではなく気配を感じただけだったのかもしれない。とにかく気になってそちらを見ると、暗がりに女が立っている。顔がほとんど見えない中に紅い服だけがやけに映えていた。ぞっとした。そこに立っている自体が不気味であり、その雰囲気がこの世のものとは思えなかった。酒で温まっていた身体が急に冷えた気がした。
 と——参道を挟んでちょうど反対側に別の気配を感じた。恐る恐る首を回してそちらを見る。
「ヒッ!」
 思わず声が出た。白い。そこにも同じような格好で白い服の女が立っている。紅い女と鏡写しのような不気味な佇まいである。
 紅、白。左右を見比べる。女が二人同時にニヤリと微笑んだように見えた。それから彼女らはスッと足を一歩踏み出した。私はそれを左右の視界ギリギリのところで捉えている。二歩三歩と同じ歩調で近づいてくる。その眼は瞬きもせずにじっと私を見つめているようであった。何かを問いかけているようにも見える。
「どちらを選ぶの? 私よね」
 そう言っているような気がした。なぜだかどちらかを選ばなければいけないような気がした。紅か、白か。突然審査員にさせられたようだった。何も観ていないのに聴いていないのに何を審査すればいいのだろう。
 女は両側からじりじりと迫ってくる。
(やめろ! 近寄るな!)
 酔いのせいか恐怖の為か、頭がグルグルと回る。
「ああぁぁぁぁぁ」
 私は耐えきれずに頭を抱えてその場に座り込んだ。

——どうしました?
 女の声がした。柔らかなやさしい声が上から降りてくる。年若い女性の声と思われた。しゃがみ込んだ私の真正面、拝殿の前に立っているらしい。
 何の確信があったのかはわからない。だが、その存在が私をこの状況から救ってくれるような気がした。私は縋る思いで目を開けた。
「うわぁ!」
 目の前には紅いスカートがあった。そして思わずのけぞった私のその目に入ったのは、真っ白い服の上半身だった。
「ああぁぁぁぁぁ」

——大丈夫ですか?
 再び柔らかな声がした。そこには白い着物に紅い袴を付けた巫女さんが立っていた。
「あ…………。すみません。変なもの見ちゃって。呑みすぎたんだと思います」
 そのときの私の顔は赤かったのか、蒼白かったのか、それはわからない。
「気をつけて下さいね」
 巫女さんはそう言って一礼すると、拝殿の方へと歩いて行った。その後ろ姿、お尻に何かがぶら下がっているように見えた。

—— 了 ——

(この話はフィクションかもしれません)

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