御前田次郎

おんまえだじろう。怪談朗読家、怪読師。竹書房主催 第一回怪読戦優勝。

御前田次郎

おんまえだじろう。怪談朗読家、怪読師。竹書房主催 第一回怪読戦優勝。

マガジン

  • 怪談奇談

    御前田次郎が書いた怪談および不思議な話をまとめています。ほとんどが創作ですが、実際にあった事象が紛れ込んでいるかもしれません。

最近の記事

浮気の代償

 日本人なら、お寺や神社でお参りをすることは日常的にあるだろう。馴染みの寺社があったり、目的によって特定の寺社に詣でたりすることもあるかもしれない。  私にも馴染みの神社がある。新宿の街中に小さな祠を構えており、プロ・アマチュア問わず芸能に関わる人たちが多く参拝に訪れるところだ。私は、初詣はもちろん、舞台公演の前には成功を祈って手を合わせに出向くことにしている。  私の場合、神頼みの対象はこの神社に限っている。日本人は古くから多神信仰が根付いているとされ、旅先で寺社を見つける

    • それも殺人

       俺、何度も殺されてるんだよね。  SNSとか色んな投稿サイトとかYouTubeのコメントとか割と積極的に書き込む方なんだけど反応が全くないことが多くて。  〈黙殺〉ってやつだね。俺はいつも黙殺されてるってこと。罵られたり強い言葉で反論されたり論破されたり、それも辛いけど黙殺も結構キツいんだよね。じわりじわりと効いてくるんだ。  そもそも黙殺って、その人を殺すことじゃなくて、その人の言動を殺す、無視するってことだけど、結果的にその人の魂を殺すことにもなりかねないわけで。身体

      • 真夜中の車列

         私は、10年以上前、短い間ではあるが警備員をやっていたことがある。警備員というとどんな業務を想像するだろう。夜間、ビルの各フロアーを巡回する、そんな業務だろうか。いかにも怪異現象に遭遇しそうな状況であるが、残念ながら私が経験したのはそれではない。交通誘導および雑踏の警備。警備業法の第二条第二号に該当するので〈二号警備〉とも言われる業務である。すなわち、人や車両の混雑する場所で安全な通行を確保する業務だ。  特に多かったのは道路工事の現場だ。工事によって道路が塞がっているとき

        • 俺が退去した後の部屋が事故物件のはずはないのだが(仮)

           私は以前、神奈川県の東京寄り、新宿から三、四十分の所に住んでいた。1Kの賃貸マンションなのだが、色々と環境が良かったので二十年以上住み続けていた。一階角部屋。住宅街のど真ん中で車もあまり通らない。その上、米軍基地から上空を飛行機が飛ぶエリアだったため、県や市の補助で防音工事が施されていた。これは朗読やナレーションで音声録音を頻繁にする私にとって最高の環境であった。  とはいえ、活動が都心中心だったため、新宿から電車一本であっても移動のコストはそれなりにかかる。ついに長年慣れ

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        • 怪談奇談
          19本

        記事

          居眠り

           ある日の夕方、私はお寺での朗読会を聴きに行っていた。古い文学作品にはお寺の雰囲気がよく似合う。客席は私を含め年配の方が多く、それに混じって若い女性も数名いた。  演目はとある有名な怪談で、私の好きな作品のひとつでもある。照明は暗く、蝋燭も灯って、作品の空気にも合っていた。  ゆったりとした朗読を演者の表情を見ながら、時には目を瞑ってじっくりと聴く。しかし、興味深い話であるにも拘らず眠くなることがよくある。このときもそうだった。目がしょぼしょぼしてくる。演者の声も遠くなってく

          ここでキスして

           私がまだ二十代の頃、不思議な女に出会った。夜中の十一時くらいだろうか。飲屋店街から少し外れた薄暗い通りだった。コツコツと靴音を立てて暗い中から現れたその女は白いマスクをしていた。マスク越しの美しさは当てにならないと今となっては思うのだが、頭のてっぺんから爪先まで、すべてが私の胸を躍らせた。コツコツと近づく靴音の響き。上品な香水の香りがふわりと顔を撫でる。その刹那に女の横顔を覗き見た私は「え?」と小さな声を漏らした。  マスクの横から何かがはみ出ている。口角、つまり唇の端がマ

          ここでキスして

          抜きますか

           田中さんという五十代の男性の話である。  彼は一年前に今の職場に転職した。人間関係はおおむね良好だが、一人だけ、佐藤という厭な先輩がいた。先輩といっても歳は10歳下で、なにかと田中さんに突っかかる。田中さんが入社した初日、まだ仕事を教わっている最中に通りかかり「使えねぇな」とはっきり聞こえる声で呟いた。それ以降、毎日毎日〈使えない〉を証明するのが目的であるかのように、田中さんの粗を探しては叱りつける。あまりに理不尽な場合には反論することもあったが、度重なる叱責に田中さんの憎

          いきる

           そいつが姿を見せるようになったのは三ヶ月ほど前だろうか。ワンルームの我が家、仕事の帰り道、エレベーター、電車の窓、あらゆる所に現れては険しい顔で何かを叫んでいた。  叫んでいるといっても声は聞こえず、何を言っているのかも分からない。表情から(ああ叫んでいるんだな)と思ったに過ぎない。煩くもないので気にせず放っておいた。  それが、しばらくすると口の動きから言葉が推測できるようになった。 「俺は生きている!」  そう言っているようだった。おそらくそれしか言っていなかった。 「

          押したのは誰

           三十代の男性、渡辺さんの友人の話。その友人、気功や古武術などの東洋の身体技法に興味があってそれらを学び、実践しているという。彼に会うといつもその辺の話を熱く語り、実演してみせたりして、渡辺さんもよくその犠牲になっていた。  その中の一つに、押されても倒れない立ち方というものがある。立ち方というよりも身体の状態のコントロールであるらしい。詳しくは覚えていないが、最適な身体の軸を保ち、力が抜けて重心が下り、氣が全身を流れていて指先から氣が流れ出ているような状態。その状態ではどん

          押したのは誰

          夢で感じた重み

           夢を見ている時、人は身体的な実感をどれくらい感じるのだろうか。脳内で起きているだけだから身体実感なんかあるわけがないとお思いかもしれないが、そうでもないらしい。少なくとも私の場合はそれを感じることが多い。  たとえば地を蹴って空を飛んでいるときの浮遊感。美女と抱き合っているときの肉感。走って逃げなければならないのに足がなかなか前に進まない時の足の重さ。それ以外にも尿意を感じながらトイレを探すシーンにはよく出くわすが、これは現実に起きている感覚なので除外すべきかもしれない。

          夢で感じた重み

          コーヒー豆の怪

           私は無類のコーヒー好きで、豆を自分で挽くのは勿論のこと、休日は生豆を買い出しに行って自宅で焙煎することも多い。  ある日曜日、私は行きつけの豆店に稀少な豆が入荷したとの情報を得て、勇んで買いに行った。限られた狭い地域で生産されており、今年の豆は特に出来がいいという。早く飲んでみたいと、帰宅するとすぐ焙煎器に入れて火を掛けた。弱火で水分を飛ばし、それからやや火を強める。この辺りで豆のはぜるパチパチという音が聞こえだす。私はこの音が大好きだ。この豆はどんな音を奏でてくれるのか。

          コーヒー豆の怪

          母に会えたら

           私には霊感がないらしい。そもそも霊感の厳密な定義など分かっていないのだが、霊を見たことも怪しい声を聞いたこともないし金縛りにあったこともないので、とにかくその類の鋭い感覚を持ち合わせていないということだけはわかる。  それでも何年か前に広島の平和記念公園で慰霊碑の前に立ち、真っ直ぐに正面を向いた時にぞわぞわっとしたものを感じたことはある。それが霊感というものなのかは私には分からないが、全くゼロというわけではないのかもしれない。  そんな私に図らずも自分の霊感を試す機会があ

          母に会えたら

          クリスマスね

           年の瀬も迫った冬の夜、彼女と近所の公園を歩いていた。人もあまり通らない小さな公園にもかかわらず木々が青白くライトアップされている。こんなの税金の無駄遣いだよなと思いながらも枝の形に広がる冷たい光を見上げていた。彼女は俯いて歩いている。さっきからずっと俯いている。すると突然、 「××××ね」  彼女が俯いたまま何かを囁いた。 「クリスマスね」  おそらくそう言ったのだろう。何をあたり前のことを、街中クリスマスムードなのに今さら気づいたのかと思ったが 「そうだね、クリスマスだね

          クリスマスね

          さよならビッグマウス

          最近、私はツイートで大口叩くことが多くなっていた。ほとんどは怪読戦を前にして意気込んでいたのだが、恐らく受け手との間の温度差が大きく、冷やかに見ている方も多かったのではないかと思う。こういう態度は当たり前ではなく自分でもどうしちゃったんだと思っていた。 まずベースには強い思いがあって、怪読戦、特に私のパフォーマンスに期待を持って頂きたいということ。いつもなら強い言葉をストレートにぶつけずに捻った言葉でインパクトを残そうとする。だが今回は現王者ということもあって勝利を確信した

          さよならビッグマウス

          会議卓は踊る

           この話は友人のHから聞いた話であるが、90パーセント嘘ではないかと私は思っている。なぜなら彼はお調子者を絵に描いたような人物で、私は彼の景気のいい出まかせに何度騙されたか分からないほどなのである。それでもたいへん興味深い話だったので、かなり脚色しつつもここに紹介することにする。  Hが勤めるIT企業の会議での出来事である。プロジェクトの方向性を決める大事な会議であるが、なんとも重苦しい空気が漂っている。部長――実際はカタカナの長い肩書きらしいが忘れてしまったのでこうしてお

          会議卓は踊る

          告ックリさん

           これは、ある二十代の男性――名を優斗さんとしよう――彼が小学六年生の時の話である。  ある日、クラスの男の子四人でコックリさんをやろうということになった。優斗はその中の一人だった。  放課後の教室。やり方を詳しく知っているのは翔太という子だけだった。彼はリーダー的な存在で生意気な態度も多く、ルールを説明するのもシート作りを指示するのも得意気だった。  さあ、はじめようと、鳥居の記号の前に十円玉が置かれた。四人が指を乗せ、視線を合わせてうなづき合う。 「コックリさん、コック

          告ックリさん