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浮気の代償

 日本人なら、お寺や神社でお参りをすることは日常的にあるだろう。馴染みの寺社があったり、目的によって特定の寺社に詣でたりすることもあるかもしれない。
 私にも馴染みの神社がある。新宿の街中に小さな祠を構えており、プロ・アマチュア問わず芸能に関わる人たちが多く参拝に訪れるところだ。私は、初詣はもちろん、舞台公演の前には成功を祈って手を合わせに出向くことにしている。
 私の場合、神頼みの対象はこの神社に限っている。日本人は古くから多神信仰が根付いているとされ、旅先で寺社を見つけるととにかく拝礼するようなことが多いようだが、私はそれを浮気と捉え、訪れはしても拝礼はしない。

 五年程前のこと。芸能の仕事が増えて頻繁にお呼びが掛かるようになっていた。
 その中の一つ、ある舞台公演で、私は一人の女優に恋をした。売れっ子でなくても、女優を目指す女性は外見が優れている割合が高く、その女優も魅力的なルックスを持っていた。外見だけに惹かれたわけではないが稽古場で彼女を見ていると幸せに感じていた。私は直接的ではないにしろ彼女に好意的に接していた。
 向こうは私をどう思っていたのか。好意的に接してくれていたのは間違いないだろう。が、俳優は人気商売である。誰にでも好意的に接するのが当たり前になっているだけなのかもしれず、結局のところどうだったのか、今となってはわからない。
 ただ、私はなんとしてもこの恋を、恋とは言えないほどの小さな恋を成就させたかった。そこで私はふと思いついた。神頼みだ。神様の力を借りてでも少しでも良い方へ持っていきたかった。私は都内にある縁結びの神社へお参りに行った。
 その効果があったのか、公演後も呑んだり芝居を一緒に観に行くことがあった。ただ、その先の関係にはならず、いつしか会うこともなくなっていった。
 その頃から仕事は減っていった。相変わらず芸能の神様にはお参りに行っている。ただ、縁結びの神様のところへお参りに行ったことがやましく思われ、手を合わせながらも心はいつも揺れていた。
 あるとき、目を瞑って手を合わせていると目の前でなにか低い声がした。ハッと思って目を開けると祠の中が光っているように見えた。ガタガタガタと石造りの祠が揺れている。私はその場にしゃがみ込んだ。しばらくはその恐怖に耐えていたと思う。心が鎮まってくる。見上げると何事もなかったかのようにひんやりとした祠が静かにそこにあった。
 私の後ろめたさ、畏れがなした幻だったのだろうか。きっとそうなのかもしれない。だが、運気は戻らず、仕事もごく偶にしか来ない。そんな生活がもう何年も続いている。

―― 了 ――

(この話はフィクションです)

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