【この曲がすごい! Vol.8】俳優・琵琶奏者 Ashさん
川崎ゆかりのみなさんに楽曲をお勧めしてもらう「この曲がすごい!」。今回は俳優・琵琶奏者として活動するAshさんにお聞きしました。
「語り物」に触れてみませんか
錦琵琶「時雨曽我(しぐれそが)」
今回紹介するのは『時雨曽我(しぐれそが)』という琵琶曲です。
私の所属する流派「錦琵琶」は、大正時代に女性の水藤錦穣(すいとう・きんじょう)師によって開かれた流派です。従来の男性的な薩摩琵琶を、女性でも演奏がしやすい形に進化させました。
古典といわれる平家物語だけではなく、現代に至るまでのさまざまな物語を題材に、女性ならではの視座で、当時主流だった薩摩琵琶、筑前琵琶どちらもの奏法の良いところを取り入れ、さらに、歌舞伎音楽の語りにも学びつつ曲作りをしました。200曲あまりを作曲し、そのうち10曲は錦穣十種と呼ばれ、ことに名曲です。
私が錦琵琶の門を叩いたとき、姉弟子となる方が稽古していたのがこの『時雨曽我』でした。忠臣蔵と並ぶこの有名な仇討物語は、歌舞伎でも何度も観ていましたが、冒頭、曽我十郎の恋人だった虎御前が登場し、出会った翁に恋人の墓の在処を尋ねるその「口説き」からの入りに驚き、心を掴まれました。
「時雨」が虎御前のさめざめと涙する様を演出し、やがてその雨が翁の語る曽我兄弟の仇討ちの場面、彼らに勝機をを与える雨へと変わり、凄まじい剣戟の末、ついに父の仇を討ちうれし涙を流すも、追手に迫られ互いに背を合わせ激しく切り結ぶ兄弟が、はぐれて暗闇でお互いを呼び合う声、錦琵琶特有のメロディアスな弾奏にのせられると、その全てが映像のようにはっきりと見え、気づくと自然に涙が流れていました。
自分がやるべき音楽が見つかった瞬間でした。
Ashさん
俳優・琵琶奏者。
東京芸術大学音楽学部卒業。
ミュージカルに出演しながら北米、欧州の80都市を旅する。
俳優・演出家として活動する傍ら、日本の「語り物」のジャンルを追求するために、錦琵琶の宗家に入門。近年はプロの琵琶奏者としても活動の場を広げている。