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生きて、いたくても――Nov#26

〈不可視の主張を同封する、交点なき双方向性の二義的アトラクション
 「スプリー・スリー」と「クエスチョン」〉
 いかにも専門のそれらしく難解に書かれた解説の対象は、他ならぬ僕たちだった。
 僕が登校する時間はやや早めで、到着する頃にはまだ、少なくとも学級内には定数の三分の一も来ていないくらいだ。なのに、普段なら閑散としている筈の校内は僅かにざわついて、どうにも気配が散らかっていた。
 靴を履き替えて教室に向かおうとすると、職員室の隣に設置された掲示板前で、珍しく数人の生徒が立ち止まって話し込んでいるのが目に留まった。制服の警官に似た理屈で、自然と不可解な威力を帯びる職員室だから、生徒があまりその周囲に長居する光景は拝めない。掲示板もそこだけではないのだ。
 自分の教室がある階に上がっても、さっき見たばかりのグラフィックが背景だけを変えて再現されていた。遠巻きに掲示板を観察してみたところで、やっと自体を把握する。
 校内新聞。報道部が隔週で月曜日に定期発行し、三上が文化祭の時に「クエスチョン」の手紙を貼り出したのと同様、そこら中の掲示板に留めてある。部長以外のメンバーは全員兼部と言う異彩を放つ部活だけれど、センスがよく、面白い記事から社会派なトピックスまでよく考察されていて、学校の内外を問わず幅広い話題を扱う。その校内新聞に、増刊号とまで銘打たれた特集がもう一部。注目を集める筈だ。
「これが、三上の言ってた……」
 文化祭当日の詳しい行動や「クエスチョン」の定義などが細密に書かれ、更には正体不明としながらも、メンバーの一人に直撃したと言うインターヴューまで掲載されていた。
 時間が経つ内に、報道部部長が呼び出しを受けているらしい、と言う情報も人の会話から聞き取れた。当然だけれど、「スプリー・スリー」に関しての情報は全くない。当事者と直接対談したなんて記事が堂々と出れば、自明の展開だ。大丈夫だろうか。
「あれは、どう言う企みで?」
 放課後、三上の姿を求めて美術室へと足を運ぶと、部員や細井先生も含めて全員が場に揃っていた。僕の来訪は最早特別な事ではなくなっている。それにつけて、各々いつも通り自分の作業に注力しているから、今回の件については既に聞いているのかも知れない。
「まあ……言い訳と、広告ですかね」
 彼女に本意を問い質すと、返って来たのは妙な回答だった。「言い訳と、広告?」
「つまり、私たちの存在や『クエスチョン』の詳細を伝えて、ただの悪戯じゃない、ちゃんと意義や中身のあるものだったんですよ、ってアピールをしようかな、と。『目的』こそ秘密ですけど、逆に言えば、秘密にしている『目的』がある事までは公開して、よく分からないただのサプライズ・イヴェントだった、で終わらせない様にしたくて」
 新聞もそこは強調していて、どころか僕たちにやや好意的と言うか、遠回しに肩を持つ様なニュアンスさえ含んでいた。注目度の高い記事にもなって、ギヴ・アンド・テイクは果たされている。両得の関係だ。寧ろ陰謀とか癒着に近い。
 三上が話を提供したのは部長だけ、部長もメンバーとして知っているのは三上だけ。秘密は守られるし、「対談相手」は「ガス・マスクの人」として通すらしい。大丈夫だろうか。
 文化祭から今日まで、流石に調査はあったみたいだけれど、実害もなく実態も掴めずで、あまり無駄な騒ぎにもしたくなかったのか、週末にはもう下火になっていた。そこをいきなり蒸し返した訳だけれど、一過性の事件として終決されている現状、三上の想定は正しかった。
「それに、またやるんでしょう? 次の『クエスチョン』を」
 成る程、三上の一手は複数の効果を持っていた。「ただのサプライズ」でない一点だけでも周知出来れば、次回に繋げやすい。それに、「浄化作用入り紙コップの死」では充分に鬱憤を晴らせたけれど、立ち返った日常の中で、僕はまた新たな怨恨を蓄積させていた。

 昼休みにも、時々捕まる事がある。購買で惣菜パンを買って来る様に言いつけられる、所謂パシリ。場合によっては自費で払うものの、そこまでならまだ軽度だ。気分と違うものを買って戻った時の口撃も心憂いけれど、それで弁当を奪われたり、もっと大胆になると、半分程で残したパンを喉奥まで押し込められる。やんわりとした拒否は撥ねつけられ、強く主張すると逆らったと見做される。単純な苦しさも勿論、彼たちが一度口をつけた食物は僕にとって汚毒の如くで、その相乗は心底耐えがたい。
 その場では込み上げる悪心と一緒に何とか呑み下しても、教室から逃げ出すとすぐに嘔気は蘇って、トイレットへ駆け込む事になる。入って来るかも知れない誰かに聞かれない様に、吐瀉をするにも声を殺した。
 偶見は、僕より一〇分程遅れて来る。何か日課みたいなものがあるのか、必ずだ。だから屋上へは常に僕が先行する。そしてそうでない時、顔や言葉からは表れなくとも、彼女からは探る様な気配がどことなく滲出していた。三人の中だけで成立する復讐を遂げた所で、大元は断てない。逡巡する様子を見せながら、いつも、核心には触れない彼女。心配させたままなのは僕も心苦しくて、拙い言葉を使う。
「大丈夫、だよ」
「え? 何?」
 偶見が戸惑う。いきなり変な事を言ったのもあるだろうけれど、狼狽にも見えた。
「心配、してくれてるの、分かるよ。気を遣わせて、ごめん」
「いや、謝らないでよそんな、あっ、てかバレてたの」
「つき合いは……短いけど、深いからね」
「……文化祭の日、屋上で結構偉そうな口叩いちゃったけどさ。やっぱり『夜明け』を乗り越えなきゃいけない時、その瞬間は、辛いに決まってるよなーって」
「信じてくれて、いいよ。やられたままでいる心算も、ないからね」
「じゃあ、やっぱりやるんだ。次の『クエスチョン』」
「そうだね、僕は――」

「――僕は、その心算。次は、やりにくくなるだろうから、内容は限られそうだけど。今考えると、文化祭って、格好のシチュエイションだったね」
「まあ、派手な振る舞いも極端に浮きませんし、アリバイの不確実性が違いますからね。それと比べると、第二弾は条件が難しいと思います。何かもう、アイディアはあるんですか?」
「草案みたいなものなら、一応」
 今回、進行形態の展開は無謀だ。だから、事前設置の方式を採る。そこにアクティヴ且つアトラクティヴな因子を取り込んで、大方は固まった。
 最近、変な夢を一つ見て、それからあの「砂に埋もれる犬」の夢を思い出して、ふと計画に結びついた。総じて不思議で、支離滅裂で、面白いファクター。
 仮題、「着色された夢の構造」。
 アクティヴでアトラクティヴなものの下地に、僕は最高の適材を得た。


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