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生きて、いたくても――Dec#30

 先生には、六時限目及びホーム・ルームの間に、手紙を仕掛けて貰った。洋封筒の蓋になる三角部分の折り目に紐を通し、指定した手紙以外をランダムに、その紐で靴箱に引っ掛けて行く。一学年当たり二五通の、計七五通。今回は純粋に「七五人の招待客」と言う訳だ。
 封筒には手紙の他に、小さめの個包装菓子やポケット菓子などを同封した。最初の「夢の欠片」だ。また、各封筒の下部には丸い色シールを何枚か、一列或いは二列で貼ってある。……今回はこれが、復讐の任を果たすピースだ。
 手紙には、教室や施設など構内のスポットが五つ書かれている。示した場所には同様に「夢の欠片」と称した物品を隠した。一つのスポットには複数の雑多な欠片を用意してあって―― それは校内に隠せる様な場所が限られるから、どうしても複数を兼ねないといけない構造上の問題もあるけれど――、一人一つのルールで現品限り、早い者勝ちだ。但し最後、五つ目だけ
は全員分違う場所で、外れはない。「着色された夢の構造」で一番苦労したのはここだ。
 つまりは、学校中を舞台にした宝探しと言う事になる。作者の指示によって観者を作品に介在させる形の、インタラクティヴ・アートらしさも意識した。
 僕の手紙にあったのは、視聴覚室、書写室、一館資料室B、ミステリー研究部部室、自転車置き場。書写室の他には、自分でものを隠した覚えがない。偶見か三上、もしくは協力してくれた美術部員の「誰か」が「何か」を設置して来たのだ。自転車置き場以外は複数人と共通になっているから、豪華景品、或いは全てが、既に獲得されているかも知れない。
 視聴覚室は本館一階。すぐ近くだ。確認も兼ねて、自演してみるのも悪くない。

 最初の音は特別棟二階、美術室と真反対の、南側にある書写室へ着いた時に聞いた。クラッカーは五番目のスポット、物品と一緒に全員分用意してある。「着色された夢の構造」を終わらせる為のトゥール、大音を発する、目覚ましの代役だ。
 手紙の指示は道具を仕舞ってある棚で、ストックを保管する為の、普段はあまり触れられない所だ。書写室は、僕が入学した年に書道部が廃部になってから、放課後の用途が基本的にない。逆に言えば、部室に当たる部屋は避けた……のだけれど、僕の手紙にはミステリー研究部の文字がある。こちらは部活専用の部屋だから、放課後以外なら仕掛けるのは簡単でも、放課後では活動と重なってしまう。……全く知らない部だし、どう入るべきか。
 棚に隠しておいた「夢の欠片」は全てなくなっていた。流石にそれ程計画が順調だとも思えないし、先行した誰かの総取りだろうか。本文には「欠片を一つ選んで」と書いたけれど、常識的なルールが無視されるのも夢の醍醐味だ。
 騒動を起こした謎の三人組がまた現れたと言うインパクトもあり、その集団が新たに仕掛けた非日常への感興、手紙に同封されたお菓子と言う即物的な威力とそれによる導入、探した先にある意外なアイテムの話題性もある。殊に偶見が「売っても二束三文だから」と揃えたCDや漫画など――大きいものになると、隠すのにも腐心したけれど――は、話が広がるに連れて後発を誘起させる着火剤になった。書写室を出て本館に移動する途中にも、明らかに平素の放課後と動きが違うのを感じて、大方の成功は確信する。
〈今どこ居る? あたしは二館回ってるんだけど、こっちも本館も盛況だね。部活そっちのけの人も見たよ。一館もそこそこ反応あったし〉
 書写室を出た所で気づいた偶見からのメイルでも、それは窺えた。五分前の着信に、巻き込まれている事を添えて居場所を伝えると、彼女のお決まりで、三〇秒も経たない内に、本館の玄関で待ち合わせようと言う旨の返信が届く。細井先生の意想外な計らいは、僕よりもよっぽど偶見の方を、文面だけで分かる程に浮き立たせたらしかった。
 一階に降りて、渡り廊下から本館へ向かう。その途中だった。
 正面から歩いて来た誰か――それが角倉だと気づいた時にはもう、その巨躯を避ける間はなかった。意図的な衝撃を肩に受けて、踏みとどまれずに僕は蹌踉く。
「ああ、悪いな桜ちゃん。前見てなかったわ……あれ、桜ちゃんもやってんの? それ」
 角倉の手にも、手紙がある。……シールは七枚で二列、左から右端の角に向けて赤、黄、水色、ピンク、橙の五枚と、そして下段に橙、赤。相違ない。
「うん、ちょっと、気になったから」
「……へえ。何かいいもんあった?」
「小さいお菓子だけだよ、今の所」
「ああ、そうなんだ、俺もだわ。ついてねえな。ほら、これが俺の収穫」そう言って抜け殻になった袋を、僕のブレザーのポケットに突っ込む。「じゃ、次探し行くわ」
 角倉が視界から消えたのを確認して、ゴミを取り出した。二つある袋の両方が、掌サイズのチョコレイト菓子だ。小さな面積の中にも「クエスチョン」が関わっている明証として、シールが窮屈そうに並んでいる。
 その片方に、組み込んであった特別なサインを識別した。黄、黄、黄、紺の配列。
 ぐっ、と、自然に力が入って、拳を握る。
 この中身を、彼は口に入れた。
 全てを嘘に出来る夢の世界で、僕は角倉を殺すと言う大悪を遂げた。


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