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本当の自分、とは?

よく
人前で普段の自分を出せない。
本当の私はこうじゃない。
そう思うことがあるし
そういう人がとても多い。

でもいつも思うが
「本当の自分」なんているんだろうか?
ということ。

だって、表に出てこないものを「本当」と言われても、確認する手段がないわけで。

そう思うと、本当も嘘も、全部ひっくるめて「自分そのもの」だと思っている。

昔、「なるほどな」と思った話で
「やればできるんです」というのも同じで、結局「やれないからできない」のだから、「できない」のが本当なんだよ、ということ。

つまり、「裏側にある本当の自分」も、見せることができないなら、実在はしないのかなと思う。

じゃあ本当の自分は、表に見えてる自分そのものでいいのだろうか?

表に出ている自分は、もしかしたら
カッコつけていたり
ビクビクしていたり
背筋をしっかり伸ばしていたり
ニコニコ作り笑顔をしていたり
いろんな表情があるかもしれない

でもそれは、そんな自分を表に出しているのは
「その方が良い」と思える理由があるからだ

その方が傷つかない
その方がトラブルにならない
その方が目立たない
その方が良い印象を持ってもらえる

など、いろんな意味があってその自分を表に出している。

それならそれは、自分の求めた自分そのものなのだと思う。そして、それは自分の求めたものなのだから、何も問題ないんだよ、自信を持っていいんだよ、とさえ思う。

その上で、表に出す自分を変えたいなら、どんどん変えたらいいのだ。

私には憧れている人がいる

こんな母になりたいな
こんな女性になりたいな
こんな臨床家になりたいな
こんな事業家になりたいな

それぞれ今の自分とはかけ離れた、憧れがある。

だからこそ表に出す自分を変えたいなら、そんな憧れの人だったらどうするかな?と考えながら行動をすればいい。

最初はぎこちないかもしれない。
憧れに近づくだなんて烏滸がましいと思うかもしれない。
理想に近づけなくてもどかしくて苦しいかもしれない。

でも自分にとって憧れとなる人をモデルとして、少し行動を変えると、自分にも変化が生まれ、「あ、なんか心地良いかもしれない」と思える時が来る。

だからいつも私は憧れを絶やさない

母としてあの人ならどうするか
女性としてあの人ならどうするか
臨床家としてあの人ならどうするか
事業家としてあの人ならどうするか

そんなふうに行動ができると、少しずつ「本当の自分」が好きになる。

結局は自分をいかに愛し、大切にできるか。
そこが何より大切なのだ。


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