誰かを想い、ものに"祈り"を宿す文化。バラモン凧を受け継ぐ、若き職人。
地域には、その地を守り、災いを遠ざける神様や文化が色濃く残っています。それは、何かに祈りを宿し、そのものを大切に受け継ぐ、祈りの連なり、人が人を想い合う気持ちの現れでもあります。
例えば、沖縄の守り神”シーサー”。災難を遠ざけ、悪霊が家に入らないようにする魔除けや守護神として、現代の人々にも大切な存在として沖縄の家庭に置かれています。
五島列島にもそのような伝統があり、それが「バラモン凧」です。五島地方では、古くから郷土玩具として親しまれ、男の子の初節句にこの凧を揚げ、健やかな成長と出世を願ったとされています。また現在では、子供の名前が刻まれたものや、新たに開業する店舗に縁起物として贈られる習慣があります。”ばらもん”というのは、五島の方言”ばらか”に由来し、元気者、荒々しいという意味。凧に描かれるのは、武士が正面から鬼に立ち向かい頭を嚙まれている、武士の勇敢な姿。その絵柄には、五島の人々の強さと優しさが感じられます。
日本全国、郷土玩具や伝統的な縁起物が失われていってしまう昨今。平山絵美さんは、現代に新しい風を吹き込み、五島の伝統「バラモン凧」を次代に繋ぐ若き継承者です。平山さんの叔父にあたる平山等(ひとし)さんは、もともと「バラモン凧」の職人でした。しかし、当時、継承者はおらず一度はその伝統が途絶えてしまったそうです。そんな伝統を復活させようと取り組む平山さんは、幼い頃に住んでいた福江島の南端、丸子集落に工房を構えました。しばらく島を離れていた平山さんですが、不思議な縁の繋がりに背中を押され、島に帰り着き、「バラモン凧」の職人の道へと進んでいきます。
「ばらもん凧を途絶えさせない」熱い決意を抱くまで。
2021年のとある日。当時福岡に住んでいた平山さんは、福岡から東京まで約1,000㎞を歩く旅へ出発しました。そのきっかけは、生まれてすぐに亡くなってしまった、姪の存在でした。
「お金があっても買えないものがある。そう痛感し、無力感の中で40日ほど道を徒歩で進み続けました。その旅で、多くの地を巡り、人との出会いを通じて価値観が変わっていったんです。海があるって、なんて最高なんだろう。緑があるっていいな。一軒家っていいな。あれ?全部五島にあるじゃんと思い、丸子に帰って来ることを決断したんです。」
こうして彼女は、故郷である五島へとUターンをしたのです。その後、徒歩の旅の際に足を運べなかった沖縄県読谷村を訪れた際、転機となる出来事がありました。
「読谷村に、代々シーサーを制作する新垣一族という方達がいらっしゃり、その方達の工房に足を運んびました。そこで作られたシーサーを見た時に、私の叔父(先代)が書いたバラモンに似てる!と感じたんです。陶工から、"五島にシーサーのようなものはないの?"と聞かれて、バラモン凧について話すと、縁起物で貴重な文化だから残したほうがいいよと言われました。バラモンが大切な文化だったと実感したんです。」
五島へと戻った平山さんですが、偶然にも、知人が所有していたバラモン凧が叔父さんの平山等さん(先代)のお弟子さんの作品であることが発覚します。バラモン凧は、家柄によって絵柄が異なっており、一眼で誰の作品かがわかるようになっています。知人がご縁を繋いでくれ、平山さんは先代の技を受け継いだお弟子さん、鶴善(つるよし)さんと出会うことができたのです。そこで、先代のばらもん凧の寸法や、当時使っていた絵の具や和紙の種類など、全てを伝授してくれました。平山さんがバラモン凧を復活させるための、大きな宝を授けてくれたのです。それから、まず絵の修行をはじめ、制作に取り組んでいる平山さんでしたが、そのわずか1ヶ月後に、鶴善さんが亡くなってしまったことを知りました。
「絶対にバラモン凧をやる!ばらもんでこの島を盛り上げて、ばらもん凧を途絶えさせない。」
悲しみと感謝を胸に、平山さんは仏壇に手を合わせながら、そう誓ったそうです。
竹を切ってから完成まで半年。時間をかけ心を宿すものづくり。
ばらもん凧作りは、竹を取りに行くところから始まります。11月の新月の日、竹の水分量が少ないというこの日に。この伝統を守り続けている職人は少ないそう。その竹は、虫がつくのを防ぐために1週間~10日ほど潮水に浸し、そして3か月ほど乾燥させ、細やかに整えた竹で骨組みを作ります。和紙に絵を描き、色をのせ、魂が吹き込まれます。竹を切ってから完成まで、約半年。大切に丁寧に手作りされるバラモン凧は、職人の「心」が宿ります。
平山さんには、その「心」を導いてくれる2人の師匠がいます。骨組みのスペシャリスト今村さんと絵のスペシャリスト保田さん。工房を訪れた時、平山さんと共に作業をする今村師匠の姿がありました。微調整を繰り返しながら、熱い想いを胸に、バラモン凧を手にかけるお2人の姿に胸を打たれました。
「今の時代だと、機械を導入して、竹を機械で削り絵柄はプリントして大量生産もできてしまう。でも、大事なところは変えてはいけないと思うんです。"心を込める"こと。それが師匠たちから教わったことでもあり、守っていきたいです。」
平山さんの作品には、先代が込めた十字架の絵柄が受け継がれています。それは、隠れキリシタンの歴史を持つ五島への想いが込められた象徴でもあります。また、平山さんのこだわりは、空を舞ったときに美しい凧。太陽の光を受けて美しく映えるように余白を工夫し、色鮮やかに見える仕掛けを施された凧は、悠然と広い空を舞い上がります。
人が人を想って贈る、最上級の縁起物。"心"に在るものを繋いでいきたい。
「夢は、ばらもん凧を世界に届けることです。大切な人へ凧に乗せて贈られる、"人が人を想う心"を、もっと広げたい。」
職人の煌めく手仕事によって生まれる、バラモン凧。五島では誰もが知る存在です。悠々と空に舞うバラモン凧を見ていると、まるで大地と天を結んでいる存在かのように思えます。美しく、力強く、私たちに風や自然の気持ちよさを思い出させてくれるような気がするのです。
バラモン凧に想いを乗せ、大切な人の健やかな成長と出世を願う。皆んなが同じ様に心を寄せ、人と人を結ぶ、素晴らしい文化だと感じます。目まぐるしく変わる時代の中でも、心のどこかに、変わらず"心に在るもの"がある。大切な人を想う豊かな気持ちを思い起こさせてくれる、それが、バラモン凧なのかもしれません。
2025年年始「バラモン凧」にまつわるイベントを開催いたします
五島リトリート rayでは、2025年のお正月にバラモン凧職人の平山絵美さんをお招きし、色付け体験・凧揚げ体験のイベントを開催いたします。両日、参加無料です。ぜひお気軽にご参加ください。
皆様のご参加、お待ちしております。