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つまみ食い上等 その4 残り火 フィッツジェラルド 村上春樹訳
文庫本で40ページの短編。翻訳のせいなのか、なんだかぎこちなく、だけどきっちり丁寧に、一点一画おろそかにしていない感じのする言葉で書かれている。私が読んだのは中公文庫版で、その後改訳されたらしい。
改訳版
村上春樹翻訳ライブラリー マイ・ロスト・シティー 村上春樹 訳 スコット・フィッツジェラルド 著
こちらで原文がよめる。最後「優しさ」と訳されているのは原文では kindness。kindnessのほうが適格な気がする、も何もこれが原文だって。適格でとうぜん笑
若夫婦の夫で流行作家のジェフリイが、おそらく脳動脈瘤破裂のため寝たきりの植物人間状態になる。そして若妻で結婚を機に芸能界を引退したロクサンヌは夫を看護する生活を送り、11年後に夫ジェフリイは亡くなる。
ジェフリイの友人であるハリーは、ジェフリイが倒れる前から夫妻のところへ時々遊びにきていて、倒れた後も見舞いに来る。
ハリーの方も新婚で、子供が生まれたばかりだったのが、妻とうまくいかなくなり離婚。その後ロクサンヌにほのかに思いを寄せていたらしいけれど口説いたりはしない。
ジェフリイの死後、たずねてきたハリーとロクサンヌの会話。そしてハリーが帰って行って物語は終わる。
ジェフリイがまだ元気なころ、ハリーが遊びに来ていたとき、ロクサンヌはビスケットを焼いて失敗した。そのことをたいへんに気遣うジェフリイはビスケットを壁に装飾として釘で打ちつける。そしてジェフリイが倒れた後、その打ちつけられたビスケットをハリーがたまたま食べてしまうのは、1人の女性をめぐる関係の変化の暗示、ジェフリイの死後、ロクサンヌとハリーが再婚する暗示とも解釈できるけれど、そう読まなくてよい気もする。
お涙ちょうだいのメロドラマにしようと思えばできる話なのに、そうはなっていない。たんたんとして清洌な気さえする。ともかくも愛によって、夫が倒れた後の家政をこなし、ずっと看護し続けたことによる、少女のようだった若妻の変容が描かれている。
最後の、夫を亡くした妻と、亡くなった夫の友人との会話。たがいに気遣いあい、優しい。最後、ふわっと広く涼しく果てしのない世界に出るような感じがする。小春日和の夕暮、湖上にのぼる月という風景は、このような優しさ、“kindness”に合っていると思う。よけいなことを言わない、しゃれた感じもある。悲しいはずなのにそういう感じがしないで、優しくて広々として肺が涼しい。
フィッツジェラルドの長編『夜はやさし』を読んだときの印象と、そのあたり通じる。ただ『夜はやさし』のほうはふかふかとして深かった。こんないい小説があるのかと。村上春樹も『夜はやさし』の解説で「器量のある小説」「コミットメントの深さ」「心優しく、そこには魂を惹きつけるものがある」と述べていた。
Francis Scott Key Fitzgerald (September 24, 1896 – December 21, 1940)
The Lees of Happiness 1920
村上春樹訳 初出『海』1980年12月号
ウィキペディア
The Lees of Happiness
夜はやさし F・スコット・フィッツジェラルド
森慎一郎訳 村上春樹解説 作品社 2014
https://www.sakuhinsha.com/oversea/24807.html