ボランティアが疎まれる理由「対価ゼロ」でなぜサービスを提供する
ボラ活動が円満だった夫婦の暮らしを破滅させる可能性があるというのはすでに記事にしました。パートナーが空いた時間は家庭のことに使って欲しいという期待が強い場合にこういうリスクが起きやすいということで、我が家にもそのリスクが起き始めていることが分かったので、ボラ仕事はボリュームダウンしているところです。
もう一個、別の理由でボラ活動を広げて欲しくないという家族の意見があり、なるほどな!と思ったので書いておきたくて記事化しました。
そのボラを広げて欲しくない理由とは・・・
ボラ活動は現実的に無償で行うサービス活動になる
ということは、そのサービスは対価ゼロで誰かに提供されることになる。これがはびこると同じまたは似たようなサービスを業務で行っている人達へ「対価を下げろ!」という負の要因を築く危険があるということです。
私が昨今小学校でやっている総合学習の支援活動はボラです。授業では先生が横にいますが、先生が教えられない専門的な説明をするとかモノづくりの指導を生徒にするというサービスを対価ゼロでしています(正確には1年間で6千円分の図書券をいただいています)。昨年の活動時間を集計したら準備とか打ち合わせも含めると、ボラ仲間全員分でおよそ2か月のフルタイム勤務に相当する労働?をしていた結果になりました。もし時給千円で働いてこのサービスを提供する仕事をしたなら30万円いただくことになるのですが、ボラなのでタダです。
学校は、それで構わなければやって欲しいという期待なので、そういう活動を実現させたかった仲間たちが集まって躊躇なく引き受けましたが、これが誰の抵抗もなくやれたのは、このボラ活動によって小学校の先生達の給料は減るわけじゃないからです。
しかし世の中にはそのような授業支援を有償で扱っている団体もあるので、そういう団体の人達から我々のボラ活動を見たら「俺たちの仕事を奪いやがって!」と恨まれることでしょう。
以前、マレーシアにロングステイしたいと思ったことがあり、現地のロングステイ体験ツアーに何回か参加して現地に暮らす日本人と会話をしたことがあります。この会話の中で上述したことと同じ話が、もっと切実に語られていたことがありました。ツアー参加者の私たちへ「あなたたち、気軽にタダとか格安とかで日本語を教える仕事をしないでね!」と、現地在住の日本人実業家に言われました。
その頃はマレーシアでボラ活動する気など無かったから聞き流していましたが、現実にその実業家は「ロングステイ中の日本人が勝手に格安で日本語指導の仕事始めたもんだから、俺の仕事なくなったじゃないか!」とグチとも日本人への恨みともつかない言葉を投げかけられたと言うんです。
そりゃ、キチンとしたレクチャー代金を払うより格安の方がお財布は楽で、しかもホンモノの日本人から日本語を教えてもらえるなら、日本語の品質はマレーシア人教師より上だろうから、ボラや格安の日本語教室とかが流行るのは目に見えているわけです。でもこれは現地の人の職を奪う慈善を建て前にした営業妨害だと、そういう見方もできるわけです。
家族の話しをキッカケにして、かつて聞いた上記の話しを思い出すとボラ仕事でもサービス提供する活動なら、対価をいただくべきだ、というのは以前から自分にあったので、その考えが強くなりました。
このサービス対価については今年の年初に小学校の先生とぶっちゃけ話をしましたが、学校にはその予算が無いから出そうにも出せない。それに総合学習授業の支援はボランティアの範囲でやること、と上(教育委員会だと思う)に言われているため、もし対価の話しを上にしたら「対価を要求されるならやめなさい!」と指導が入ってボラ活動全面中止になると思う、らしいです。
だから誰がやってもこの活動で対価がいただけないので、安心してボラをやっています???が、
いつまでもこのままでいいとは思ってないです。