東京タワー
毎年この日、東京タワーに行く。
胸焼けしそうな甘いケーキにコーヒーと夜景。
今日は誕生日だ。
去年の同じ日、タワー内にはまだラジオブースがあって、リクエストに応えて曲をかけてくれた。
「誕生日だから、曲をプレゼントしてください」というチープなコメントと一緒におまかせでリクエストを出したら、小田和正の"キラキラ"を選曲してくれたのをよくよく覚えている。「新しい始まりの歳が、キラキラと輝いていますように」とお祝いの言葉をくれたDJから見えないように、同じフロアのカフェで号泣した。今年、あのラジオブースはもうない。
東京タワーのひとり客は意外と多い。
はじめは、こんなさみしく夜景を見る奴はほかにいないだろうと思っていたが、そうでもない。
しかし、楽しそうにしている人はいない(ように見える)。みんなどことなく影ある風に、少し重い溜息をついている(ように見える)。
夜景を見ながら謎に号泣している私が思うことではないが皆「なんだか訳アリ」である。
このように、鼻をすすりつつ一人で来るランドマークに味をしめ、すっかり"ひとり東京タワー"が板についてしまった。
もはや誕生日も関係なく時々足を運び、色々な角度で写真を撮って「この角度はなかなか良い」などと惚れ惚れしている姿は、おのぼりさんかオタクにしか見えないだろう。
残念ながら今年の誕生日はまったくセンチメンタルな気分に浸れず、とりあえず去年なにをあんなに涙したのか思い出そうとしてみる。
蘇った記憶は二つで、一つはクーラーの風が寒かったけど上着がなくて凍えたこと、もう一つは、ラジオのリクエストコメントに「来年はふたりできます」とひどい宣言をしたこと。たくさん泣いてみたものの、大したことではなかったのかもしれない。
せっかくだから去年と同じ席に座ろうと思ったら、男性のお一人様が思い詰めた顔(に見える)で涙ぐんで(いるように見える)コーヒー(らしきもの)を飲んでいた。
「この人もきっと今日誕生日なんだろうな」と思いながら、2つ離れた席に腰かけてイヤホンを取り出す。鼓膜の奥に、小田和正のやさしい歌声が流れる。
『明日の涙は、あした流せばいい。』
というフレーズに差し掛かる少し前、片耳のイヤホンをそっと彼の方に差し出して、少しボリュームを上げた。
(あした泣けば、いいんだよ。)
妄想でいっぱいの夜は更け、曇って月の見えない空を眺めながら帰り道を歩いているうちに、もう明日がやって来る。
おめでとう、私のいつもの誕生日。
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