「黄昏のリーンフェリア ~大人気VRゲームの世界で、私がいるエリアだけ過疎すぎる……。ならば最強の騎士として、この国を救うとしよう!~」第1話【ジャンププラス原作大賞・連載部門】

「リンリンリーン……。どうも、たそリンちゃんねるのリーンフェリアです」

「えー、今日はガレンディア帝国の西海岸にある浜辺に来ています。はぁ……」

潮風を受けて、高く結んだ茶色のポニーテールが揺れる。

私は一体何をやってるんだ……

今日も漆黒の騎士鎧を纏ってモンスター狩りをするはずだったのに、なぜか可愛らしい水着姿で海にいる。

「リン、もっと笑顔で! テンションが低すぎるよ!」

そんな私のことをリンと呼びながら撮影しているのは、友人のフィオナである。

銀髪ショートにのんびりとした雰囲気の、一見すると優しそうな女の子。

だが見かけによらず、人使いが荒いのが困りものだ。

つい先日のこと。

フィオナから動画の撮影を手伝ってくれと頼まれた。

私たちが拠点としているゲーム内エリア「ガレンディア帝国」の魅力を、他のプレイヤーにアピールするためだ。

ならば是非協力しようと、二つ返事で引き受けたものの……

まさか、こんな内容になるとはね。

「うわー、すごくキレイな海だなー。こんなに良い場所なのに、人が全然いないなんて信じられなーい」

私は台本に書かれたセリフを、ただ無の心で読み上げる。

「ホントだね。ところで今着てる水着って、すごくレアなアイテムなんでしょ?」

撮影係でありナレーション担当でもあるフィオナが、これまた台本通り、わざとらしく話題を切り替えてくる。

「そうそう。銭ゲバ運営のぼったくり『水着ガチャ』をぶん回して、ようやく手に入れた人も多いんじゃないかな」

「台本より言葉が厳しくなってる……」

「けどガレンディア帝国にあるショップでは、普通に定価で買えちゃうんだ。あー、なんて素晴らしい場所なんだー」

我ながら心にもないことを言ってると思う。

本当の魅力は、別にそんなところではない。

「でも、帝国に出てくるモンスターってすごく強いんでしょ? 難易度高いし、来れる人も少ないんじゃないの?」

「それが良い! じゃなかった……。えーと、地道にレベルを上げていけば誰でも……」

ザバァ!

後ろから大きな音がして思わず振り返ると、海の中から巨大な竜のようなモンスターが現れていた。

「おお! 伝説級(レジェンダリー)モンスター『リヴァイアサン』だ! あいつ滅多に出ないんだよ! 久々に見た!」

喜ぶ私とは対照的に、フィオナは渋い顔をしている。

「困るなぁ。あんなのが動画に映ったら、初心者が怖がって来なくなっちゃうよ。リン、ちょっと追い払ってくれない?」

「よっしゃ、そういうことなら任せとけ!」

「いきなり良い笑顔になった……。撮影もその表情でやってほしかったな」

そりゃあテンションも上がるさ。

だって――

「強い敵と戦うこと。それが"この世界(ゲーム)"で、一番楽しいことだからな!」

照りつける太陽の熱気を感じながら、意気揚々と海の方へ走っていく。

砂を蹴って遥か空高くへとジャンプした私は、巨大なモンスターの顔面にパンチを繰り出した。

「握りこぶしを固めて……メガトンパンチ!!!」

リヴァイアサンの頬を、思いっきり殴る。

ドゴォ!!!

軽く50メートルはあろうかという巨体がぐらりと傾き、大雨のような水飛沫をあげながら海の中へ押し戻された。

さあ、追撃して水中戦を……

「リン、ここは後でカットするから撮影を続けるよ」

「えー、もう今のが撮れ高で良いじゃん。タイトルは『水着姿の最強美少女、伝説のモンスターをワンパン!?』とかにしといて」

「自分で美少女とか言わないでよ……。事実ではあるけどさ……」

やっぱり、ほのぼのとした動画配信なんて面白くない。

私がゲームに求めるのは、死闘に満ちた攻略の日々だ。

だが、それを取り戻すためには、今抱えている問題を解決する必要がある。

見てろよ運営! 先日の決定を撤回させてやる!

フルダイブVRゲームの誕生から数十年。

技術の進歩によって、ログアウトすることなくゲームを遊び続けることが可能になった。

今では、人生のほとんどをゲーム内で過ごす人も珍しくない。

そんな時代に、世界最大のプレイヤー人口を誇る超人気タイトルがある。

ファンタジーRPG「エルダードラゴン」。通称、エルドラ。

狂気的に作り込みまれた広大で緻密なオープンワールド。一生をかけても遊びきれない膨大なコンテンツ。

そして、億を超すプレイヤーの同時接続を可能とするオンライン機能。

現実の方が架空の存在に思えてしまうほど、魅力的なゲームだ。

「今日も紅茶がうまい。この味は帝国じゃないと味わえないよ」

荘厳な城のバルコニー。私は椅子に腰掛けて紅茶をすすりながら、この世界の素晴らしさに浸っていた。

バルコニーの外に見えるのは、エルドラ最大の領土を誇る覇権国家「ガレンディア帝国」の帝都。

天を穿つようなラストダンジョンの塔を中心に、繁栄した街並みが広がっている。

あの塔の上でラスボスを倒したのも今や昔。多くの時間を過ごし、思い出の詰まったこの国は、私にとって第二の故郷と呼べる場所だ。

ひとたび都市を出れば、冒険には事欠かない。

殺意に溢れた凶悪な敵。意地悪な仕掛けが満載のダンジョン。

そういった高難易度コンテンツは、帝国エリアに実装されるのが慣習となっている。

この国には、ラスボスを倒してストーリーをクリアした後も、更に闘い続ける者たちが集まっているからだ。

優雅で修羅な帝国暮らし。生活は充実している。

一つ不満があるとすれば、今実装されている強敵を全て倒してしまったことだ。

既存の敵と繰り返し戦うのも、それなりに楽しくはある。

だが未知の相手に挑み、試行錯誤の末に倒す達成感。あれに勝る喜びはない。

しかし、その不満もすぐに解決する。

「城主リーンフェリア様、運営よりアップデートの報せが届いております」

私が城で雇っているメイドのNPCが声をかけてきた。

「通知ありがとう。フフフ、やはりアプデが来たか……」

アップデート――ゲーマーなら誰もが心躍る言葉だ。

ただでさえ神ゲーなエルドラは、今なお進化を続けている。

前回の大型アップデートから時間も経った。久々に新しいコンテンツが実装される頃合いだろう。

「死闘の時は近い……。腕がなるぜ!」

指でS字を描くようなジェスチャーをすると、空中に半透明な「メニュー画面」が呼び出される。

画面内の「お知らせ」タブに情報が入っていた。

<アップデート情報 ver9.6.52>

武器「黒竜騎士の大剣」 武器耐久値500→450
武器「ロランシア騎士の聖剣」 エンチャント時に追加される聖属性攻撃力30→50
防具「ヒドゥンサークレット」 ダメージ軽減効果が正しく発動されていなかった不具合を修正
アイテム「ドワーフグレネード」 攻撃範囲550→525 投擲後に4フレームの硬直を追加

その他35箇所の変更内容・詳細は別ページのパッチノートを参照ください。

なんだ、今回のアプデはただのバランス調整か。

おや? 画面をスクロールすると、まだ続きが書かれてるな。

<次回以降のアップデートについて>

次回の大型アップデートでは、プレイヤーのみなさまに人気の高い「ロランシア王国」エリアを中心に、のんびりと楽しめる生活系コンテンツの追加を行う予定です。

また「ガレンディア帝国」エリアについては、今後新規コンテンツの追加を行わず、アップデートを終了させていただきます。

当該エリアで発生した不具合の修正などは、これまでと同様に行われる予定です。

へぇー、次のアプデはもう来ないのか。

それより私の使ってる武器が弱体化(ナーフ)されてる……

後で試し切りして、調整後の感覚を掴まないとな。

紅茶のおかわりを飲みながら、私は空を見上げた。

「……アプデ打ち切り!? どういうことだ!?」

持ち武器の弱体化という比較的小さな問題に意識を向けることで、本当の問題から目を背けたかったのか。

あるいは、あまりのショックに脳の処理が追いつかなかったのだと思う。

私は石化攻撃を受けたかのように、しばらくその場で固まっていた。

「待て待て待て、どう考えてもおかしい……」

アップデート打ち切り――それは私を満足させる新たな強敵が、金輪際現れないことを意味する。

だが、打ち切りを食らう理由は何だ?

ガレンディア帝国は、世界一プレイヤーが多いVRゲームで最大のエリア。無名の過疎ゲーや限界集落の話ではないのだ。

運営の開発資金が尽きたか? いや、それは絶対にありえない。

エルドラの運営・開発を担う、AZΩTH(アゾット)社。

「世界中を敵にしても自社を守る」という愛に溢れた企業理念から、独禁法を華麗にスルーして吸収合併を繰り返し、世界を征服する存在にまでなった超巨大企業だ。

資金力は先進国すべての国家予算を上回り、その大半をゲーム開発に注ぎ込む、正気とは思えない経営方針を貫いている。

あのアゾット社が、いきなりアップデートを打ち切る理由が見当たらない。

「ええい、一人で考えてても埒が明かん!」

まずは帝国の宰相にして我が友であるフィオナに、この事を知らせなくては。

昼過ぎの今なら、帝国評議会の執務室にいるだろう。

私は焦りからか、Tシャツに短パンという、いかにもな部屋着姿のまま外へ駆け出しそうになった。

「ふー……。一旦落ち着いて、普段の装備に着替えよう……」

大きな鏡の前に立つ、私の姿。

少し高めの位置(ゴールデンポイント)で結んだ茶色のポニーテールと、海の雫のような青い瞳。

あどけない少女らしさがありながらも、スタイルが良くてキリッとした顔つきという、凛とした姿をしている。

「私はこんなに可愛いのに、世界はなんて残酷なんだ……」

ため息をつきながら身につける防具は、帝国の紋章「咆哮する竜王」が刻まれた漆黒の騎士鎧。

あざとい露出は少ない正統派の重鎧だが、腰部分は竜の鱗を編み込んだ短かめのプリーツスカート。

さらにはニーソックス丈の脚装備で"絶対領域"をしっかりと確保し、機動性と見た目性能を高めている。

頭につけるのは兜ではなく、飛竜のシルエットを模したヘアピン。かっこいいデザインな上に、MP効率が良くなる優れもの。

最後に装備する武器は、ついさっきのアプデで弱くなってしまった「黒竜騎士の大剣」。

分厚い刀身が鈍色に輝く、無骨でシンプルな見た目の大剣だ。

剣をつかんで手に取ると、すっかり焦燥しきった私の顔が弱体化(ナーフ)された刀身に映る。

急ごう。帝国の危機を私一人で受け止めるのは、あまりに心苦しい。

鎧の腰につけた角笛をポプーっと吹くと、バルコニーに馬ほどの大きさの黒い飛竜がやってきた。

「評議会まで。最速で頼む」

帝国には多種多様な竜が住んでおり、友好的な個体はタクシー代わりになってくれる。

飛竜の背に乗り、空から見下ろす帝都は今日も大勢の人々で賑わっていた。

この国が見捨てられるなんて、とても信じられない。

帝都の中心部にある議事堂・帝国評議会――

「オ名前ヲ」

評議会の入り口に到着すると、門番と思しきゴーレムに名を尋ねられた。

中に入れるのは帝国領内に自宅を持つプレイヤーのみ。入り口では必ず認証が行われる仕組みだ。

この前までは人間の番兵だったが、いつの間に変わったのだろう。

「リンだ。開けてくれ」

「リンダ トイウプレイヤーハ登録サレテイマセン」

恐ろしく低い音声認証の精度。このゲーム、NPCは割とポンコツ揃いなんだよな……

「リーンフェリア・アルトリウス。本名で言わないと駄目なのか?」

「長くてかっこいい名前にしたのに、呼びづらくて短い愛称が定着してるリーンフェリア様ですね(笑) ドウゾ オトヲリクダサイ」

こいつ、もしかしてわざとやってる?

無表情なゴーレム相手でも煽られてるとわかるほど流暢な喋り方になったが……

まあいい、今は急いでいる。このゴーレムを擦り切って漬物石にするのは、また今度にしてやろう。

私は評議会の最奥にある執務室までダッシュで駆け抜け、勢いよく扉にタックルしてぶち開ける。

「大変だ! フィオナ!」

「リン、そんなに慌ててどうしたの? 相変わらず木箱や壺みたいな感覚で扉を壊すよね」

執務室の奥で本を読みながら、呑気に佇んでいる友人の姿があった。

銀髪ショートの穏やかな顔立ちに、森のような緑色の瞳。

色白な肌に理知的な雰囲気をたたえ、私の鎧と同じ竜の紋章が入った萌葱色のローブを纏っている。

ちなみに彼女の一人称は「僕」。いわゆる「僕っ娘」というやつだ。

「フィオナ、今すぐアプデ情報を見てくれ!」

「帝国エリアのアップデート打ち切り。僕もさっき見たよ」

何だと!? ならば何故そんなに冷静でいられる!

「薄々こうなる気はしてたよね。帝国には、もう人が全然来なくなっちゃったし」

「馬鹿を言え! 街は今日も人でいっぱいだ! さっきも飛竜の背から人混みがよく見えた!」

「リン、現実逃避はやめようよ。本当は分かってるでしょ」

「…………」

やめろ、言うな。

本当はアプデ打ち切りの理由に、痛いほど心当たりがあった。

ただ、どうしても認めたくなかったんだ。

この目に映る帝国の繁栄が、偽りであることを。

「あれは全部NPCで、人間のプレイヤーはほとんど残ってないって」

勇者ローランの手によって、邪悪なる黒竜王ガル・ファリアスが封印された「古竜大戦」から1000年――

勇者の末裔が治める「ロランシア王国」と、黒竜王の信奉者が集う「ガレンディア帝国」は、互いに中立を守っていた。

しかし、時の皇帝パルパティノスが、その心に暗い野望を抱く。彼の者は飽くなき力を求め、古の封印を解いたという。

世界に再び、危機が迫っていた。

ロランシアの王女・ソニアから使命を受けたあなたは、皇帝の野望を挫き、復活した黒竜王を倒すため、遥か遠きガレンディア帝国への旅に出る。

――というのが、エルドラのストーリーである。

いや、だったというべきか。

今となっては、ほとんどのプレイヤーが旅に出ることはなく、所謂チュートリアルステージにすぎなかった「ロランシア王国」が一番人気の場所となっている。

その理由は主に二つ。

・第一の理由、そもそもの難易度が高かった。

エルドラは本来、プレイヤーが何度も死にながら攻略法を見つける「死にゲー」と呼ばれるものだ。

このジャンルは、ゲームがまだゲーム機とテレビで遊ばれていた時代に、一定の人気があったらしい。

だがフルダイブVRの誕生以降、ゲーム性よりもグラフィックを重視するタイトルが増え「死にゲー」は長らく陰りを見せていた。

それが世界最大手のメーカー・アゾット社の最新作として、満を持しての復活。

発売と同時に、莫大なプレイヤーの心を折ることとなる。

・第二の理由、運営の方針転換。

心を折られた多くのプレイヤーたちは、しかしゲームを辞めはしなかった。

エルドラはグラフィックやVR技術においても他の追随を許さない完成度。

ゲームとして遊ぶのは御免だが、この仮想世界でのんびり暮らしたいと考える者が多かったからだ。

運営はこういったユーザーの声に答える形で開発方針を変え、戦闘や冒険をせず、生活やコミュニティ要素だけを遊べる方向に舵を切る。

この転換が功を奏し、難しいゲームと敬遠されることもなくなったエルドラは、更に多くのユーザーを獲得した。

その結果生まれたのが、大人気タイトルとは思えない歪んだ人口分布――

膨大なプレイヤー数を誇る「はじまりの街・ロランシア王国」と、凄まじく過疎ってる「ラストダンジョン・ガレンディア帝国」の現状である。

しかし――

「納得いかん! お前らもっと闘争を求めろ!」

「薄暗いダンジョンを何度も死にながら進んで、その先に新しい武器とかあって、それで更なる強敵に挑むのが楽しいんじゃないか!」

「それがゲームの醍醐味だろうが! 私には戦いが必要なんだ!」

長い回想から戻った私は心の叫びを開放すると、同意を求めるようにフィオナの方を向く。

「気持ちは分かるけどさー」

フィオナは本棚を整理しながら、気の抜けた返事をしてきた。

「まあ僕に任せてよ。帝国にたくさんのプレイヤーを呼んで、運営に考えを改めさせる作戦があるんだ」

「ほう、聞かせてもらおうか」

彼女はのんびりした見た目の割に、かなりの戦略家。

召喚獣や傭兵隊といった友軍ユニットを指揮し、周囲の状況を巧みに利用することで、一度も前線で戦うことなくストーリーをクリアしている軍師タイプのプレイヤーだ。

私とは真逆の戦闘スタイルだが、彼女もまたコアなゲーマーであることに変わりはない。

だからこそ、違う視点からの閃きが頼りになる。

「僕が思うに、エルドラはストーリーの導入が弱い」

「帝国が悪いドラゴンを復活させたから倒しに行ってほしい。たったこれだけ。プレイヤーに与えられる動機が薄いんだ」

フィオナは人差し指をチッチと振りながら、これじゃダメだというポーズを取っている。

「どこか他人事で、別に自分がやる必要ないとも思えてこない?」

「そう? 私はすぐにでも、そのドラゴンと戦いたくなるぜ!」

「みんながみんな、リンみたいな戦闘狂(バーサーカー)じゃないよ……」

要領を得ない私を見ると、フィオナは本棚をから何冊か本を取り出して渡してくる。

手渡された本の内容は、大昔に流行ったという漫画だった。

鬼や巨人の襲来によって、主人公が悲惨な目に合うところから始まるものばかりだ。

「僕は過去の名作から学んだ。主人公の絶望と怒りが、物語を進める最初の動機になる」

「王国のプレイヤーに当事者意識を持たせれば、きっと帝国まで来てくれるはず!」

なるほど、一理あるかもな。

要するに、序盤から"帝国=悪役"という印象を強くする必要があるってことか。

「よし分かった。それで私は何をすればいい?」

よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに満足げなフィオナは、偉大なるガレンディア帝国再興に向けた最初の計画を宣言する。

「リンにはこれから、勇者の村を襲ってもらう」

勇者の村――1000年前にラスボスを封印した勇者ローランの故郷。

ストーリーでは、はじまりの街・王都ロランシアの城壁を出たプレイヤーが目指す最初の目的地。

初期レベルでも問題なく訪れることが可能なエリアであり、勇者の末裔が治める王国のプレイヤーにとって象徴的な「聖地」でもある。

今からこの村を襲撃し、ガレンディア帝国の悪役っぷりを思い知らせる。

復讐を誓った王国のプレイヤー達が帝都のラストダンジョンに押し寄せ、過疎ゲー状態から一転して大盛況。そういう作戦だ。

エルドラは自由度が高いゲーム。他プレイヤーへ被害が及ばない形であれば、公共エリアの破壊もロールプレイの一環として許容されている。

とはいえ、実際に破壊活動を行うプレイヤーはほとんどいない。

王国領内の集落は見た目こそ質素な村ではあるが、王都から派遣された精鋭の兵士たちが守りを固めている。

並のプレイヤーであれば、あっという間に囲まれて返り討ちに合うだろう。

それが分かっているから誰もやらないのである。

「いいかい、リン。勇者の村エリアの"リスポーン時間"は50分。50分でNPCも建物も全部復活するからね」

おまけに制限時間付きだ。

手際良くやらないと、倒したはずの兵士が雨後のタケノコのように生えてくる。

「まあ大した問題じゃない。肝心なのは、王都のプレイヤーがどれだけ集まってるかどうか……」

「いいや、その心配はなさそうだよ」

フィオナと話しながら歩いていると、勇者の村には、入り口から見てもわかるほどに沢山の人が訪れていた。

帝都の人混みのように無表情で規則的に動くNPC集団とは違う、確かにプレイヤーの意思を感じさせる賑わいだ。

「なあ、人多すぎないか……」

「そうだね……この村だけで、帝都にいる全プレイヤーよりも多いかもしれない……」

寂れた帝国とのあまりの格差に、二人して愕然とする。

それにしたって流石に多すぎるし、人の流れにも違和感がある。

今日は大きなイベントも特にないはずだが……

「リン! あれを見て!」

フィオナが指差す方向には、何かの旗が振られていた。

『勇者の村観光ツアー 御一行様』

いやおかしいって! ここ初期レベルでも行ける村だよ!? わざわざツアー組むほどの場所じゃなくない!?

「あーし、ここのアクセがチョー欲しかったんだ! スライムが倒せなくて困ってたの~」

学生服姿で道具屋を物色するギャル風の女性旅行客。

そんなテーマパークみたいなノリで来る場所ではないだろ!

「見てママ、勇者の剣! 岩に刺さってるー!」

「こら、勝手に触っちゃダメよ。記念写真(スクリーンショット)撮ってあげる」

礼儀正しい親子連れの旅行客。

それ、ストーリーある程度進めた後戻ってくると、誰でも引き抜ける剣なんですが……

旅行客はみな武器防具を何一つ身に付けておらず、もはや敵と戦う気が一切なさそうだ。

まったく最近のプレイヤーときたら……

「まあ、ギャラリーが多いのは良い事だ。あいつらに本当のエルドラを教えてやる。作戦開始!」

「じゃあ、僕は向こうで騒ぎを起こして人を集めてくるね。頼んだよ、リン!」

旅行客の集団へと駆けていくフィオナを見送った私は、右手に大剣を携え、村の衛兵たちが集う方へ向かう。

「勇者の村へようこそ。おや、その鎧は……貴様、帝国軍だな!」

AIの作りが雑なモブNPC特有の、やたら視界が狭い兵士たち。

彼らの目の前に立つと、やや時間をおいてから敵と認識された。

適当に言い訳をすれば見逃してもらえるのだが、一定時間反応しないと勝手に戦闘が発生するので黙っておく。

今回はそちらの方が都合いい。

「敵襲だー!」「帝国の犬め!」「生きて返さん!」

衛兵たちが陣形をとって武器を構えてくる。

数は約30人。前方に槍兵、後方に弓兵、両翼を剣兵が固める堅実な布陣。

敵の様子を伺っていると、フィオナが村にいるプレイヤーたちを扇動してこちらに呼びよせる声が聞こえてきた。

「みんなー大変だよー! ガレンディア帝国の騎士が村に攻めてきたよー! 向こうで衛兵たちと戦うよー!」

やや気の抜けた、わざとらしい口調に不安を感じる。

しかし旅行客の野次馬根性のせいか、順調にギャラリーが形成されているようだ。

敵集団にも動きがあり、いよいよ開戦の時。

弓兵の戦列から一斉に矢が放たれ、同時に槍兵の突撃が始まった。

「うーむ、どう動こうかな……」

華麗な殺陣で攻撃をいなしながら、鮮やかに倒していくか。

とにかく派手な範囲攻撃を放って、圧倒的な力を見せつけるか。

今日のミッションは王国のプレイヤーに絶望を与えること。ならば最適なのは後者だろう。

大剣を上段に構えながら、私は"スキル"を発動した。

「《竜火燎原》!」

それは剣をもって顕現する竜のブレス。

振り下ろした大剣から、燎原の火の如き斬撃が放たれる。

咆哮にも似た効果音が響き渡り、前方に構えていた敵勢力の半分ほどが、一瞬でポリゴンの塵と化した。

それだけでは終わらない。

「パッシブスキル――《逆鱗剣舞》」

2秒以内に使用したスキルのクールタイムをリセットし、さらにMP消費なしで再発動する《逆鱗剣舞》。

大剣を即座に構え直し、攻撃後の硬直をキャンセルしながら、先程と同じ《竜火燎原》による追撃を畳み掛ける。

広範囲に渡る二発の斬撃によって、私を排除せんと集った敵兵の大部分が消滅した。

「おっと、建物も壊しとかないと」

更に身を翻し、村の居住地に向かってもう一撃。

しかし、こちらは旅行客のギャラリーがいる方向。

彼らにギリギリ当たらないよう射角を調整した結果、三度目の攻撃範囲はやや狭く、生き残った敵兵を一人取り逃がしてしまった。

最後の敵兵は剣を振り上げながら、こちらに襲いかかってくる。

大振りで分かりやすい、単調な攻撃モーションだ。

勇者村の衛兵は精鋭と聞いたが、ステータスが底上げされただけのマイナーチェンジみたいなものか。

「もう少し変わった攻撃をしてくれると、嬉しいんだけどね」

私は敵兵が振り下ろした剣を、事も無げに左手で掴み取る。

「ふんすっ!」

そして掴んだ剣を握り潰し、粉々に砕いた。

そのまま腕を振り回して、敵兵の顔面に裏拳を叩き込む。

「悪いな。しばらく死んでてくれ」

ドサッ! と音を立て、勇者の村を守る最後の一人が地に伏せる。

これにて制圧完了。ずいぶん呆気なく終わってしまったな。

衛兵も建造物も、ここまで脆いとは思わなかった。

「ん? あれは……」

変わり果てたボロボロの村を見渡すと、何やら見慣れない現象が起こる。

村の中心にあって破壊を免れた、勇者の石像が動き出したのだ。

こういう細かいところに意外な発見が隠されているのも、エルドラが神ゲーたる所以の一つ。

VR技術の高さに頼った、グラフィックが良いだけのゲームとは違う、緻密な仮想世界の作り込み。

例え破壊活動であっても、プレイヤーの行動に対して反応を返してくれる。

「いいねぇ、最後に面白い相手が出てきた!」

<9944文字>

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