「ゲーミングエルフ」第3話【ジャンププラス原作大賞・連載部門】
前回のあらすじ――ゲーム機の高度な技術力に衝撃を受けたエリン。しかし乃々佳が持ってきた新たなゲーム機は、乾電池に白黒液晶という、エルフェンランドですら時代遅れの産物だった。
エリンは差し出されたゲームボウイを訝しみ、受け取ろうとしない。
「ののか、ゲームこっち!」
エリンは片言日本語を話しながら棚にある「PZ4」を指差し、剣を振るジェスチャーをとる。
「うーん、やっぱりゲーム初心者に『ダークソード』は無理だよ。あの後もっと難しいエリアまで進めちゃったから、酷い目にあうと思う……」
「それに、古いゲームには古いゲームの良さがあるんだよ! 使うボタンが少ないから操作は簡単だし、2Dの方が画面も見やすい!」
力強く説得する乃々佳。その勢いに押され、エリンは渋々ゲームボウイを受け取る。
画面には、既にタイトルが映し出されていた。
『星のタービィ』
春風とともにやってきた、まん丸ピンクなキャラクター・タービィを操作して進む横スクロールアクションゲーム。
ゲーム初心者でも楽しめる難易度とタービィの愛らしさによって、幅広いユーザー層に親しまれている。
30年以上続く人気シリーズであり、タービィが敵を吸い込んで力を得る「コピー能力」が特に有名だが、ゲームボウイ用の第1作目には存在しない。
「タービィの操作は本当に簡単だから、とりあえずやってみて」
そんな乃々佳の言葉通り、昨日と違って臆することなくゲームを始めるエリン。
「タイトルで踊ってるボールみたいなのが主人公か。グラフィックも昨日のと全然違うけど……」
「おお、ちゃんと動かせる!」
スティックではなく十字キーだが、左手側で移動するのは昨日と同じ。
そして右手側のAボタンを押すと、タービィがジャンプする。
――画面が平面なおかげで、視覚外からは攻撃されない。敵の動きも単調だ。ぴょこぴょこジャンプしてれば避けられ……あっ!
まだゲームに不慣れなエリンの操作では、何度も敵にぶつかってしまう。
――くっ、おそらく体力を表すメーターが減っている。昨日のように一気に減ったりはしないが、このままでは敵にやられてしまう……
再びの接敵。焦ったエリンの指がとっさにBボタンに触れる。
すると、大きく口を開けたタービィが敵を吸い込んだ。
さらにもう一度Bボタンを押すと、口に含んだ敵が星型の弾となって発射された。
――Bボタン! これ1つで敵との接触を防ぎつつ、距離をとって戦えるのか!
乃々佳が見守る中、エリンは敵をいなしながら進んでいくが、切り立った崖のエリアに差し掛かると手が止まる。
エリンの脳裏に「ダークソード」で何度も落下死したことが思い出された。
――ジャンプをミスしたら終わりだ。奈落に落ちれば、体力が残ってても即アウト。緊張する……
「エリンちゃん、上だよ。上」
強張った表情のエリンに、乃々佳は上を指差すジェスチャーをする。
それを見たエリンが十字キーの上方向を押すと……
タービィが風船のようにフワフワと空を飛ぶ。
「飛んだ! こいつ飛んだぞ!」
「攻防一体の戦法に、飛行手段まで……。乃々佳、この丸っこいの、見かけによらず強いな!」
「えへへ、タービィかわいいよね」
――これなら落下死の心配もない。どんどん先へ行こう!
吸い込み、吐き出し、飛行。
タービィの3つのアクションを覚えたエリンは、初心者ながらも次々とステージをクリアしていく。
――昨日のゲーム(ダークソード)で乃々佳は多くのボタンを使いこなし、まるで本物の騎士のように戦っていた。あの姿には憧れがある。
――だが剣を振ることしかできず、やられっぱなしだった私は、今日のゲームの方が楽しいと感じている……
――さすがは乃々佳だ。あえてシンプルな操作を学ばせることで、ゲームの本質を伝えたかったんだ!
エリンが羨望の眼差しで見やる乃々佳は、やる気に満ちた表情をしていた。
「エリンちゃんをタービィファンにすれば、ぼっちで行くのが怖かった『タービィカフェ』に行ける!」
「布教するなら、やっぱり1作目から順番にだよね♪」
「あ、そういえば昔のゲームだから『説明書』あるんだった。今更だけど見る?」
乃々佳に差し出された小冊子を読むエリン。一旦ゲームをやめ《解読魔法》を使ってテキストを翻訳していく。
「タイトルは『星のタービィ』、主人公の名前だな。ストーリーも書かれてる」
<あきれかえるほど平和な国「ポポポランド」。しかしある日、食いしん坊で有名な「ベベベ大王」が国中の食べ物を独り占めし……>
「エルフェンランドの魔王そっくりだ! なんて悪い奴!」
「こいつは見過ごせない! 俄然やる気が出てきたぞ!」
しばらくして――
「やった! ついにべべべ大王を倒した!」
「クリアおめでとう。エリンちゃんが楽しんでくれてよかったよ」
「乃々佳! 私もゲームの世界を救ったぞ!」
エンディングのスタッフロールが流れる中、万歳で喜ぶエリン。拍手しながら微笑む乃々佳。
――タービィに夢中で忘れていたが、ゲームボウイもすごい! 電石式に白黒水晶と馬鹿にしてたけど、こんな面白いゲームができるなんて……
(思い浮かぶ大賢者ガンダールヴの姿)
「よいかエリン。古びた魔法を侮ってはいかん。発想を変えれば、まったく新しい使い道が思いつく。『枯れた魔術の水平思考』じゃ!」
――じいちゃん。私、異世界に来てから成長してると思う。魔王を倒した時より、ずっと。
〜♪
窓の外は日が沈みかけており、街に夕焼けのチャイムが鳴る。
乃々佳は慌てながら、5時半を示す時計を指差した。
「あっ、もうこんな時間! 小学生はそろそろ帰らないと!」
「夕暮れ時……そうか、勝利の宴に相応しい時間だな! 今日の主役は、ベベベ大王を倒した私だ!」
認識は異なるものの、共に部屋を出ようとする二人。
エリンは名残惜しげにゲームボウイを置こうとするが、乃々佳がそれを止める。
「いいよ、それ貸してあげる」
「持ち帰っていいのか!?」
「貸すだけだからね。ノットギブ、ディスイズレンタル! 伝わってるかな……」
部屋を出て先導する乃々佳。
後ろをついていくエリンは嬉しそうにゲームボウイを抱えていたが、途端に顔色が悪くなった。
「はぁー。お母さん料理人で忙しいから、晩御飯はだいたい一人なんだ。エリンちゃんがいてくれたらなぁ」
――まずい! ポーションの効き目が切れた! 誤魔化してきた疲労が一気に……倒れそうだ……
「ま、お店が繁盛してるならいいんだけどね。私も一生不登校できそう、なんて。あはは……」
――ぐっ、耐えろ私! せっかくの宴が……
ドサッ!
「じゃあまたねエリンちゃ……あれ、もういない? 裏口から出てったのかな?」
◇
「ハッ! またエルフェンランドに戻ってる……」
エステル家の部屋の中で目を覚ますエリン。
「気を失うと勝手に戻るのか……。向こうの世界に安定して居続ける方法を見つけないとな」
「《解読魔法》を改良して、今度こそ乃々佳と話せるようにしたい。現地の通貨も欲しいし、ついでにエステル探しも。問題は山積みだ。けど……」
手に握られたままのゲームボウイを、エリンは満足そうに見つめている。
「携帯ゲーム器! こっちの世界でもゲームが遊べる!」
「しばらくは息抜きも必要だ。それに、私はエンディング後の画面を見て気がついた……」
――タービィには、まだ続きがある!
「タイトル画面で十字キー上+セレクト+A……。行くぞ、エクストラモード!」
(電池がなくなって画面が薄れていくゲームボウイ)
「ああっ! 魔力切れだ!」
◇
日本――『リストランテ 乃々』と看板に書かれた店の中。
乃々佳に似た姿の女性と、ボーイッシュな雰囲気の少女が話している。
「エステルちゃん、たくさんシフト入ってくれて助かるけど、こんなに働き詰めで大丈夫? おばさん心配で……」
「ボクは全然平気だよ! ドラゴンの炎を食らっても無傷! 勇者は頑丈だから!」
「(勇者? エステルちゃん日本語上手だけど、ときどき変な言葉遣いになるのよね)」
「それにねシェフ。早くこっちでの生活を安定させたいんだ。日本でやりたかったことに集中したいし!」
「うっ、うっ、なんて偉い子なのかしら(泣)。うちの引きこもり娘と同い年なのに、留学先で働きながら自立してるなんて……」
感涙する女性。
一方の少女――勇者エステルは、いたずらな笑みを浮かべながら呟く。
「にっしっし。バイト代も溜まってきた。ついに始まるぞー……理想のゲーミングライフが!」
<3406文字>
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?