「ゲーミングエルフ」第2話【ジャンププラス原作大賞・連載部門】

エリンが乃々佳と出会った翌日。エステル家の部屋の中。

「うぐ……眠い……」

瓶入りのポーションを片手に、目の下にクマを作って疲れ切った様子のエリン。

昨晩、エリンは魔法大学の図書館へ行き、異世界に関する記録を調べ尽くしていた。

そして夜が明け、日が高くなるまで実験を繰り返すこと十数時間。ついに異世界へ渡る方法を完成させたのだ。

エステル家の部屋には床を埋め尽くすほど巨大な魔法陣が描かれており、その中心に乃々佳のコントローラーが置かれていた。

「陣形はこれでよし。あとは呪文を唱えるだけ……」

エリンはフラフラになりながら魔法陣の前に立ち、右手を前に掲げる。

「薄明、蒼穹、黄昏、宵闇。四天を巡る星々の如く、我が魂を導き給え。其は神々の長子たるエゼルの民。原初の光より生まれし者。異界への門よ、開け!」

呪文の詠唱が終わると、魔法陣の中心に、乃々佳の部屋にあったものと同じドアが現れた。

「あー疲れた! 無駄にでかい魔法陣。長ったらしい呪文。今どき、こんな古くさい儀式が必要なんてね」

「扉を出しとけば、いつでも向こうへ行けるし、今日はもう帰って寝よう。明日は乃々佳と話せるように《解読魔法》を改良しないと」

(エリンの脳裏に、乃々佳と遊んでいたゲームが思い浮かぶ)

「早くゲームやりたいな……」

エリンはポーションをグイッと一気に飲み干し、ほっぺたを両手で叩く。

すると目の下のクマは消え、表情が不自然な元気さを帯びた。

「ドーピング完了! さあ行くぞ異世界!」

※エルフェンランド魔法省に認可された市販薬です。怪しい薬ではありません。

テレレレ テレーレ テレレレー(入店音)

『いらっしゃいやせー』

扉を開けたエリンが立っていたのは、コンビニの店内だった。

「あれ? 昨日と同じ場所を追跡したはずだけど、座標がずれたかな?」

「ポーションや食べ物、それに本も並んでる。ここは異世界の商店みたいだ」

最初の来訪時と同じく、察しが良すぎて驚きが少ないエリン。

乃々佳の姿を探しながら店内を回る。

「こっちの漫画は面白いのかな? 買って帰りたいけど、この世界の通貨を持ってない……」

「乃々佳もいないし、外を探そう」

漫画雑誌を手に取るも、ため息をつきながら棚に戻して店を出る。

『ありあとあしたー』

コンビニの敷地内にある駐輪場に、リボンブレザーとチェックスカートの学生服を着た乃々佳が立っていた。

「おや? この前と服装が違う。乃々佳は魔法学校に通っていたのか。おーい!」

エリンは小走りで乃々佳の元へ向かうが、様子がおかしいことに気づく。

乃々佳は4人組の少女たちに絡まれていた。

少女たちは派手なインクを思わせるピンクやネオングリーンの髪色に、ストリート系のファッション。

4人組のリーダー格の少女が、乃々佳に声をかけている。

「まっ昼間から堂々とサボりとかさぁ、かわいい顔して度胸あんじゃん。メンタル強すぎね?」

「ひいぃ! 制服着てるのは、おこづかい全部ゲームに使っちゃったから他に外出る服がないだけで、別にサボりとかでは……あるけど……。みなさんのような不良的サボりではないというか……」

怯えながら後ずさる乃々佳。

それを見た4人組のうち3人は、リーダー格の少女を責め立てはじめた。

「ゆめ先輩! ウチら完全に不良だと思われてますよ!」「悪評が立ってゲーム部が潰れたらどうすんすか!」「先輩は人相と口の悪さを自覚してください!」

「いや、アタシはそんなつもりじゃ! 大会で緊張しない方法を教えてもらおうと!」

――魔法学校同士の派閥争い。あるいは蛮族の襲撃か? なんにせよ迷惑な輩だろう。乃々佳ほどの猛者なら容易い相手だろうが、私も加勢させてもらうぞ!

「あっ、エリンちゃん!」

4人組と乃々佳の間に割って入るエリン。すかさず魔法を発動する。

「《改心魔法》――真面目な心を喚起させる。これで去らぬ悪党なら、容赦はしないぞ!」

魔法をかけられた4人組の眼がグルグルになる。だが、すぐさまスポ根漫画のような燃える瞳に変わった。

「貴重な平日休みに、油売ってる場合じゃねえ! 大会で緊張したくなきゃ、猛練習あるのみだ!」

「押忍!」「目指せスプラ甲子園優勝!」「一日一万回、感謝の試し撃ち!」

去っていく4人組、乃々佳は困惑しながらも安堵する。

「な、なんか知らないけど助かった……。ありがとうエリンちゃん!」

「ふふっ。乃々佳には及ばないだろうが、私も結構やるだろう?(ドヤ顔) さっそく持ち物を返そう」

エリンがパチンと指を鳴らすと、虚空からコントローラーが現れ、乃々佳の持っていたコンビニ袋の中に入っていく。

「!? さっきから変なことばかり。まるで魔法みたいな……。いやいや、それこそゲームじゃあるまいし……」

「ただでさえ不登校でコンビニくらいしか行けない引きこもりの私なのに、現実とゲームの区別までつかなくなったら……ひぃぃ!」

――乃々佳はときどき、自分の世界に入り込む癖があるな。瞑想でもして魔力を高めているのだろう。

「現実に魔法なんてあるわけない……。エリンちゃんはただの外国人の女の子……。社会に踏みとどまれ私っ!」

「ののか、ゲームゲーム!」

エリンは乃々佳を連れ戻すように、片言の日本語で話しかける。

「ハッ! ごめんごめん。また家に遊びに来る? すぐそこだよ」

コンビニの向かいにある家を指しながら歩き出す乃々佳。後をついていくエリン。

乃々佳の部屋――

「ちょっと待っててね。買ってきたジュースとお菓子、食べてていいから」

エリンを中へと案内した乃々佳は、押し入れを開いて何かを探しはじめる。

一方のエリンは菓子類に目もくれず、ゲームソフトのパッケージやゲーム機が並ぶ棚を様々な角度から観察していた。

――ゲームにも色んな作品があるのかな? 本みたいな形の箱がたくさん並んでる。

――最初に転移したとき見つけた「PZ4」や「Switcha」も重要なはず。ゲームを遊ぶための魔器、さしずめ『ゲーム器』と言ったところか。

――内部構造が気になるな。《解析魔法》を使いたいけど、うーん……

――使う対象によっては、脳内に流れる情報量が多すぎて正気を失う恐れがある。まして今は、徹夜明けでボロボロの脳みそ。いつも以上に危険だけど……

「好奇心には抗えない! 《解析魔法》!」

エリンは昨日「ダークソード」を遊んでいたゲーム機「PZ4」に手をかざすと、魔法を発動した。

その瞬間、ゲーム機を構成する膨大なハードウェア情報が、一斉にエリンの脳内を駆け巡る。

「x86-64アーキテクチャ単精度浮動小数点演算性能1.84TeraFLOPSプロセスルール28nm動作クロック1.6GHz帯域幅176GB/s……あばばばばば……」

「お待たせ〜。って、エリンちゃんどうしたの!? おでこから湯気出てるよ!」

痙攣しながら目を回すエリン。乃々佳に声を掛けられて、どうにか正気に戻る。

「はぁはぁ、何一つ理解できなかった……」

「くっ、自分はなんて愚かなんだ! 天才魔道士と呼ばれて調子に乗っていた私は、この世界ではゴリラ以下の知能だ!」

「(エリンちゃん、慣れない日本暮らしでストレス溜まってるのかな……)」

「ね、今日は違うゲーム持ってきたんだ! ちょっと古いけど、これなら初心者でもクリアできるよ!」

勝手に落ち込んでいるエリンを励ますように、乃々佳は押し入れから取り出したものを机に置く。

ゴトッ! という鈍い音とともに置かれたのは、グレー色の分厚い石板のような物体だった。

覗き込むエリン。表面には「GAME BOWIE(ゲームボウイ)」と書かれている。

「これもゲーム器なのか? 『PZ4』や『switcha』に比べるとボタンが少ないし、簡素な造りに見えるけど……」

「いや、見た目に騙されちゃダメだ。きっと未知の最新技術がふんだんに使われてるはず! もう《解析魔法》はやらないぞ!」

一人つぶやくエリンを横目に、乃々佳はゲームの準備を進める。

「あ、そういえば電池も用意しないと」

「よし、画面もちゃんと映る。さすがの耐久性!」

――ほう。使い捨て電石。白黒映像の水晶。やはり未知の最新技術……

「なわけあるか! 蛮族の国にだってあるわい!」

(モヒカン頭のゴブリンたちが「ヒャッハー!」と言いながらハンディ扇風機とブラウン管テレビを使っている図)

「お母さんが若い頃に買った昔のゲーム機。私が初めて遊んだのはこれなんだ。まだ保育園のとき、部屋に置いてあったのを勝手に触っちゃったの」

「初心者にぴったりなソフト入れといたから、エリンちゃんも楽しめるはず!」

笑顔でゲームボウイを差し出す乃々佳。しかしエリンは困惑している。

――乃々佳よ、一体何を考えている……。こんなもので本当に、ゲームができるのか!?

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