「ゲーミングエルフ」第1話【ジャンププラス原作大賞・連載部門】
日本・とある部屋の一室――
「よし、私が1位! ゴールは目の前……」
「甘いよエリンちゃん! それっ、トゲトゲこうら!」
エルフの少女と女子高生が、仲良さげにゲームを遊んでいる。
「ああっ、私の車が爆発した! ずるいぞ乃々佳!」
「ふっふっふ、これがマリヨカートの洗礼だよ!」
「ぐぬぬぅ……もう一回勝負だ!」
◇
異世界・エルフェンランド――
エルフの魔法使い・エリン。
人間の勇者・エステル。
古の大賢者・ガンダールヴ。
ドワーフの戦士・鉄ひげバルグ。
四人の英雄によって魔王は打ち倒され、世界に平和が取り戻された。
そして、月日は流れ――
「暇だぁ〜。世界が平和すぎる〜」
大樹をくり抜いて作られた家の中。
ぐでーっとベッドに寝そべりながら、退屈を嘆く少女がいた。
彼女の名はエリン。世界を救った英雄の一人。
容姿と背格好は小さな子供。白のワンピースと、ポニーテールにした銀色の髪。そしてエルフの特徴である、長い耳が印象的だ。
エリンが窓の外をボーっと見やると、街中の人々が慌てて走っていることに気づく。
「街が騒がしいな……。まさか、魔王軍の逆襲!?」
驚きながらも、エリンは少し嬉しそうだった。
◇
樹木で出来た塔のような建物が並び、大勢のエルフが街の広場に集まっている。
『どけ! 俺が先だ!』『ちょっと、こっちには小さい子もいるのよ!』
必死の形相で揉み合う人々。その後ろから、エリンが走ってくる。
「エルフェンランドの民よ! 私が来たからには大丈……あれ?」
人々が向かう先は、本屋だった。店頭には大きな垂れ幕がかかっている。
<漫画『魔法使いエリンの大冒険』第5巻発売記念イベント 鉄ひげバルグ先生サイン会>
「なんだ、漫画の発売日だったのか……」
「おお、エリンじゃないか!」
エリンの元に、ベレー帽を被った筋肉隆々のドワーフがやってくる。
彼は英雄の一人、鉄ひげバルグ。
「見ろ、新刊も大人気! 一冊持ってけ! 『主人公』!」
バルグはエリンに漫画を手渡す。
表紙には、頭身が高くスタイリッシュなエルフのキャラクターが描かれていた。
「相変わらず全然似てないし……」
「ワッハッハ! おかげで余生はベストセラー作家! 今はアニメもやってるしな!」
「おっと、もう一冊。『主人公の相棒』にも届けてやってくれ」
「しれっとお使い頼まないでよ。暇だからいいけどね」
二人が話していると、他のドワーフがバルグを呼びに来た。
「先生、そろそろ」
「おう、今行く。じゃあな、エリン!」
去っていくエリンの後ろ姿を見ながら、ドワーフがバルグに話しかける。
「先生、今のが本物のエリンですか? 漫画と違って、全然強そうに見えませんね」
そんな言葉に、バルグはニヤリと笑いながら返す。
「エルフってのは長生きでな。100歳過ぎて未熟者、1000歳超えて半人前って言われてんだ」
「なのにあいつは2年前……たった14歳で魔王を倒しちまった。ありゃ、生まれついての英雄だよ」
二冊の漫画本を抱えて街を歩くエリン。
すれ違う人々も、みな手に手に漫画本を持ち、何人かは映画館に入っていく。
――今から50年前、異世界に渡った者が持ち帰ったという文化「漫画」と「アニメ」。みんな本当に夢中になってる。
――確かに面白いけど、読んだり見たりだけじゃ物足りないんだよね。私はそれより、物語の世界に入ってみたい。
◇
エルフェンランド郊外・勇者エステルの家――
「エステルー! 届け物だよー!」
ドンドンと扉を叩くエリン。しかし返事はない。
「むぅ。あいつ、今日も家にいないのか」
「最近いつも留守だ。わざわざエルフェンランドに家を買ったくせに、どこいってんだろ」
エリンは苛立った様子でドアノブを回す。
「鍵開いてる。無用心だな」
勝手知ったる仲と言わんばかりに、エリンはズカズカと家の中へ入っていった。
「ちぇ、やっぱりいないのか」
エステルの部屋。そこに人の姿はない。
あるのはコルクボードに飾られた四人の英雄、旅の仲間たちの写真だけだ。
写真の中央には、エリンと肩を組むボーイッシュな雰囲気の少女が写っている。
彼女こそ、勇者エステル。エリンとは同い年で、唯一無二の親友だ。
「また世界を救う冒険がしたいな。あと100回くらい……」
写真を見ながら、エリンは一人つぶやく。
その横顔は寂しげというより、何かを待ち焦がれるような表情だった。
「ん? なんだ、あれ?」
写真の横にある、エステルの衣装ダンス。
その扉の合間から、不自然に光が漏れ出していた
気になったエリンはすぐに扉を開け、中を検める。
「え?」
タンスを開いた先にあったのは、また別の部屋。
魔王を倒す旅の中で、世界中を巡った彼女ですら知らない場所。
「まさか……異世界!?」
タンスの扉を掴んでいたはずの手は、いつの間にか「押入れ」の縁を掴んでおり、エリンは見知らぬ部屋の中に立っていた。
部屋は一般的な日本の家。
エリンは一瞬だけ驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻す。
そして状況を理解すべく、部屋に置かれた物を分析し始めた。
「時を刻む円盤(時計)、風を送る装置(エアコン)、映像を映し出す水晶(テレビ)……」
「使われてる魔法の形は違うけど、文明レベルは私たちの世界と変わらないな」
だが、テレビの横に鎮座している謎の物体については、見当もつかなかった。
エリンが物体に顔を近づけると、文字が書かれていることを発見する。
「《解読魔法》」
呪文を唱えると魔法の力が働き、異世界の文字が少しずつ読み解かれていく。
「ニンデンドーswitcha? PZ4? 言葉は読めたけど意味は分からない。もしや何らかの『魔器』で、中に封印されてる魔物の名前を記してるとか?」
エリンが考察を深めていると、部屋の扉越しに話し声が聞こえてくる。
『それじゃ乃々佳、お母さん仕事行ってくるからね。荷物の受け取りと裏口の戸締まり、ちゃんとするんだよ』
『はーい』
次の瞬間、ガチャリと扉が開き、乃々佳と呼ばれていた少女が部屋に入ってきた。
ショートボブの髪をした、内気そうな雰囲気の高校生。服装は、いかにも部屋着といったTシャツと短パン姿。
「ふー。お母さんも仕事行ったし、平日の朝から心置きなくゲームを遊ぼ……って、え!? 誰!?」
――おや、この部屋の主か? 敵対的ではないようだが……
「なな、なんか凄く可愛い女の子だけど……もしかして近所の外人さんの娘? 外国はご近所付き合いが積極的だって聞くし……」
「…………」
エリンには彼女の話す言葉がわからない。
《解読魔法》の使用には時間がかかる。
会話をリアルタイムで翻訳できるほど、便利なものではないのだ。
「勝手に部屋に入って申し訳ない。私はエリン。大賢者ガンダールヴの弟子、エルフェンランドの守り手たる魔法使い。怪しい者ではないのだ」
「うぅ、外国語わかんない……不登校で引きこもりの私に、外人さんと話すコミュ力なんてないよ……」
しかし、乃々佳はエリンを追い出す素振りもなかった。
「どどどうしよう。早く出てって欲しいけど、ご近所さんの子供をぞんざいに扱ったら………」
(乃々佳の空想――ネットの記事に『不登校の女子高生、近所の子供を虐待。被害児童は外国籍、海を超えて問題化する引きこもり』と書かれている)
「――なんてニュースに……ひぃぃ!」
「こちらに害意はない。少し部屋の様子を見させてほしいのだが?」
「あ、いえ、ごゆるりとどうぞ! ニッポンジン、トッテモ、ヤサシイヨ!」(挙動不審)
言葉は伝わらないが、なんとなくのニュアンスで意思疎通を図る二人。
乃々佳が警戒しないのは、エリンの幼い見た目のせいだった。
2人は同じ16歳だが、並んでいると高校生と小学生ほどの差がある。
すっかり子供扱いされているエリンであったが、滞在を許されたと思って安心している。
「どうせ小学生だし、そのうち飽きて帰るでしょ! 気にせず『ダークソード』はじめちゃうからねー。あーやっぱ現実逃避はゲームに限るナー」
そう言うと乃々佳は、エリンが見ていた謎の物体「ゲーム機」の電源を入れ、ゲームディスクを挿入してコントローラーを手に持つ。テレビにはタイトルが映し出された。
『ダークソード』
高い難易度と硬派なダークファンタジー世界観を特徴とするアクションRPG。
プレイヤーには幾度とない死が待ち受けているが、理不尽さを感じさせない絶妙なバランスと、困難を乗り越えた先の達成感に、世界中のゲーマーが虜となった。
その影響力は「ソードライク」と呼ばれる一大ジャンルにまで発展し「過去50年で最も偉大なゲーム」として表彰されたこともある。
何事もなかったかのようにゲームに夢中になる乃々佳。
その背後で、ゲーム画面をじっと見つめるエリン。
――これはアニメ? やけにリアルな絵だ。けど異世界に来たのに、さんざん見飽きた魔王領の「城下街」みたいで目新しさがない。それに……
「ぎゃー! またやられた! 思ってたより難しいよー!」
――さっきから同じアングルで似たような場所ばかり映してる。主人公の騎士が死んでは復活を繰り返すだけで、ストーリー性も感じられない。何が面白いんだろう?
「むむー。もう一回! 次こそ死なない!」
――技術力はあるみたいだけど、娯楽文化のレベルが低いのかな。
「お、宝箱みっけ♪ って、いつの間にか敵に囲まれてる!? なんで!?」
――はぁ……この世界にも、私が楽しめるものはないのか。つまんないの……
(ため息をつくエリンの脳裏に、幼い頃のエリンと老魔法使いの姿が浮かぶ)
『この魔導書、役立たずな魔法しか載ってない。つまんないの……』
『よいかエリン。いい魔法使いになるためには、思考を柔軟にすることが大事じゃ。既存の形に囚われるな。水のようになれ』
――大賢者ガンダールヴ、師匠(じいちゃん)の教え! 私はまだ、何かを見逃している!?
再び思考を巡らせるエリン。
視点を画面から乃々佳の方へと移すと、ついに核心へ迫る。
――この少女、ただ映像を視聴してるんじゃない。手に持った小型の魔器で何かしている。まさか……
「画面内のキャラクターを……操っている!?」
――そんな馬鹿な! 呪文すら唱えず、指先一つで他者を操るだと!?
――まして相手は、画面の中にいる架空の存在だぞ!? 禁忌の術と呼ばれた《服従魔法》ですら不可能だ!
「あ、わかった。壁の裏に敵が隠れてたんだ。よーし、今度は矢で一人づつ釣り出して……」
「人間の少女よ! なんという魔法を使っているんだ!? 私にも教えてくれ!」
「わっ! いきなりどうしたの!?」
エリンは興奮のあまり、乃々佳の肩を掴んでガクガクと揺らした。
「遊びたがってるのかな? 今いいとこなんだけど、満足したら帰ってくれるかもしれないし……」
渋々といった表情でコントローラーを渡す乃々佳。
受け取ったエリンは、あたふたしながらコントローラーを見ている。
――やたら色んな場所にボタンがついてるけど、何をどうすればいいんだ? 間違ったのを押して魔力が暴発したりしないよね……
「あれ、もしかしてゲーム遊んだことないのかな? まだ小さい子だし、親に禁止されてるとか。うーん……」
エリンが見せた予想外の反応に、乃々佳はしばし悩んでいる。
だが意を決したように、ホコリを被ったもう一つのコントローラーを手に取った。
「ええと……左スティックで移動。ま、前へGO! 人差し指のトリガーで剣を振る。ブンブン! うぅ、結構恥ずかしい……」
乃々佳は身振り手振りのジェスチャーを交えながら、必死にゲームの操作方法を説明する。
エリンはそれを注意深く見つめながら、コントローラーのボタンに触れた。
「おおっ! 画面のキャラクターが、自分の身体のように動く!」
手元のコントローラーと画面を交互に見ながら、たどたどしい操作でゲームを始めるエリン。
「なんという不思議な感覚だ……。側から見るとアニメのように思えたが、触れてみると全く別物とわかる。私の世界にある、どんなものとも似つかない……」
「あっ、敵が来てるよ。気をつけて」
みすぼらしい装備をした城下町の兵士が3人、エリン(が操作するキャラクター)の方へ向かってくる。
「なるほど。こいつらを倒して進めばいいんだな。見るからに雑魚そうな相手だ。負けるわけが……」
袋叩きにされるエリン。
〜YOU DIED〜(ゲーム画面に表示される死亡演出)
「なっ! 私は死んだのか!?」
「囲まれると一気にやられちゃうからね……。き、気を取り直していこう!」
ゲームの復活地点である、篝火が灯っている場所に戻されてしまうエリン。
乃々佳の励ましを受けながら、再び城下町のエリアを進んでいく。
「む、野犬がいるな。剣で脅かしてやれば逃げてくだろう。シッシ」
凄まじい勢いで野犬に噛みつかれるエリン。
〜YOU DIED〜
「ぐぬぬぅ! 魔王を倒したこの私が、雑兵や野犬ごときにぃ!」
高所から落下して死亡。
遠くから火炎瓶を投げられて死亡。
また高所から落下して死亡。
隠れていた敵に背後から殴られて死亡。
階段の上から転がってきた大岩に潰されて死亡。
またまた高所から落下して死亡。
「心が折れそうだ……。すまない、もう一度手本を見せてくれ……」
「あはは……。初めてのゲームで『ダークソード』やるのは、さすがに厳しかったかな……」
ガックリとうなだれながらコントローラーを返すエリン。
再び乃々佳のゲームプレイを観察する。
――自分で操作して初めてわかった。これは極めて過酷な冒険だ。私が魔王を倒した旅など、まるで比べ物にならない。だというのに……
「よし、パリィ成功! だんだん慣れてきたよー」
――目の前の少女は敵に倒されながらも、着実に探索を進めている。
――もしや、これは異世界人にとっての戦闘訓練? より強くなるために、こうして己を鍛え続けているのか!?
「くっ、自分はなんて未熟なんだ! 英雄と呼ばれて調子に乗っていた私は、この世界ではミジンコ以下の存在だ!」
「(なんか独り言いってる。そんなに悔しかったのかな……)」
勘違いを深めるエリンを後目に、乃々佳はテンポよくゲームを進めていく。
しかし小高い城壁の上に踏み入った瞬間、牛の頭をした巨大ゴリラのような敵が現れた。
太い腕に大斧を携え、プレイヤーの行く手を阻むように立ちふさがる。
画面上には「角牛のデーモン」という敵の名が表示され、焦燥感を駆り立てるBGMも流れ始めた。
これまでのゲームプレイとは異質な雰囲気を感じ取るエリンと乃々佳。互いに強張った表情で画面を見つめる。
「伝わってくる"圧"が違う。奴がこの世界の魔王、すべての元凶なのだな……」
「ついに来た、最初のボス戦……」
ここに至るまでにつけた自信を見せるように、乃々佳は果敢にボスへと立ち向かう。
だが、ボスが振るう大斧を1発食らっただけで致命傷を受けてしまった。
そして斧を避けても、地面に叩きつけられた斧から発生する"衝撃波"がダメージを与えてくる。
さらには場所も悪い。ボスの巨体で横幅が埋まってしまう狭い城壁の上では、逃げ回りながらのヒットアンドアウェイも難しい。
乃々佳は何度もボスに倒され、戦いは困難を極めた。しかし――
「惜しい! もう少しダメージを稼ぐ方法があれば……」
悔しさを口にしながらも、乃々佳は心の底から楽しそうな表情をしていた。
その横顔を見たエリンは、ふっと息をつきながら悟る。
――ああ、私はひどい勘違いをしていたようだ。これは禁忌の魔法でも、戦闘訓練でもない。
――きっと、ただ純粋に、誰かを楽しませようと思って創られたもの。でなきゃ触れた人が、こんな良い笑顔にはならないさ。
「頑張れ! 人間の少女よ!」
「応援してくれてるのかな……。うん、私は負けないよ!」
言葉の意味はわからずとも、エリンの声援は乃々佳に届く。
二人は共に、真剣な眼差しで画面を見つめる。
「あっ! もしかして、あの位置から攻撃すれば……」
幾度とない敗北の末、乃々佳はついに突破口を見出した。
真正面からの戦いをやめ、城壁の脇にある見張り塔へ登ると、下には追いかけてくるボスが見える。
「よーし、今だ!」
巨大なボスの頭部が、ちょうど見張り塔の真下に来たタイミング。
乃々佳は塔から飛び降りながら剣を振るう。
剣はボスの頭部に深々と突き刺さった。
痛烈な落下攻撃によってHPを一気に削り取られたボスは、そのまま断末魔を上げて消滅した。
~VICTORY ACHIEVED~
「やったぁ! ついに倒した!」
「おおー!」
高々とガッツポーズする乃々佳。目を丸くして拍手するエリン。
死闘を制した二人の興奮はやまず、互いに立ち上がってハイタッチする。
はしゃぎすぎたエリンは乃々佳の勉強机にぶつかり、置かれていたものが落ちてしまった。
「ん、何だ? 少女の顔写真がつているな」
「あ、それは……」
落ちたのは乃々佳の学生証。エリンは拾いながら《解読魔法》を使う。
「穂波乃々佳……ののか?」
「!? そうだよ、乃々佳! 私の名前!」
乃々佳は自分を指さしながらうんうんと頷く。
二人の間で、初めて言葉による意思疎通がとれた瞬間だった。
それを見たエリンは再びコントローラーを手に取り、ゲーム機と交互に指差す。
「これは『ゲーム』だよ? 英語だからわかると思うけど」
「ののか……ゲーム……」
最後にエリンは自分を指差し、再び乃々佳に名を告げる。
最初に仰々しく名乗ったときとは違い、穏やかな表情で。
「私、エリン。よろしく、ののか」
「エリンちゃんだね。えへへ」
「中学のとき仲良かった友達が外国に行っちゃって、高校では一人も友達できなくて……。なんか久しぶりだな、こういうの」
笑顔を浮かべながら眼を潤ませる乃々佳。それを見てエリンは思う。
――魔王を倒して感涙しているのだろう。無理もない、彼女はそれほどの偉業を成し遂げたのだ。
「乃々佳。あなたは確かに『ゲーム』の世界を救ったのだな」
ピンポーン! 『お届けものでーす!』
しみじみとした雰囲気の二人に割って入るように、インターホンが鳴る。
「やばっ、お母さんに荷物の受け取り頼まれてたんだ!」
「乃々佳、どこへ行く! さっそく勝利の宴か!?」
エリンはコントローラーを持ったまま、急いで乃々佳を追いかける。
部屋を出た先は二階の廊下。窓から外の様子が見えた。
――やっぱりここは異世界だ。外の景色も、知ってるものと違いすぎる。私がここに来た原因は何だろう? 時空の乱れ、あるいは星座の位置が……
「あっ」
よそ見をしていたせいで、エリンは階段から足を滑らせてしまう。
(走馬灯のように浮かぶ過去の記憶)
剣と盾を携えた勇者エステルが、エリンの前を歩いている。
『もーエリンってば、考え事しながら歩くと危ないよー。ボクみたいな勇者と違って、頑丈じゃないんだしー』
『なっ! エステルみたいなお調子者に言われたくない!』
『いや~、それほどでも〜』
『褒めてないって!』
そうえいばエステルは今どこに……。もしかして私と同じように、異世界へ来てたのか?
「うーん……」
エリンが目を覚ますと、エステルの部屋の中で寝っ転がっていた。
「戻ってる、エルフェンランドに……」
異世界転移のきっかけとなった衣装ダンスは開きっぱなし。中には普段どおり洋服が入っている。
しかしエリンの手には、乃々佳のコントローラーが握られたままだ。
その姿を覗き込むように、部屋の入口に一人の人物が立っていた。
三角帽子とローブを纏った老魔法使い――大賢者ガンダールヴだ。
「何やら人が落ちるような音がしたが、大丈夫そうじゃの」
「あ、じいちゃん。私、さっき異世界に行ってたの!」
「ほうほう。変わった夢を見たものじゃなぁ」
「夢なんかじゃないって! これ何かわかる? 『ゲーム』って物らしいんだけど」
コントローラーを手渡すエリン。
「ふむ。大賢者の知恵をもってすれば……さっぱりわからん!」ポイッ
「ええ!? もっとしっかり調べてよ!」
「あー、これからバルグと酒を飲む約束がある。また今度じゃ」
頬を膨らませるエリンを後目に、ガンダールヴは一人つぶやく。
「異世界・日本か、懐かしいのう。バルグがアシスタントをやっていた漫画家は元気じゃろうか。気になるところではあるが……」
「エリンも立派に成長した。魔王成敗のときのように、年寄りが手を貸すのも野暮じゃろうて」
「カッカッカ! 『若者よ大志を抱け』じゃ!」
「むぅー! これだから酒飲みは!」
高笑いしながら去っていくガンダールヴ。
ひとり残されたエリンは思う――
結局、ほとんど何もわからないまま戻ってきちゃったな。
「ゲーム」についても、私は雑兵にすら手も足も出ず、乃々佳が戦う様子を見ているだけだったし……
けど、一つだけ確かなことがある。
「ゲーム」には、私が忘れていた感覚があった。
(幼少期から今に至るまでのエリンの姿が、順番に思い浮かぶ)
初めて魔法を覚えたとき。遠くの街へ出かけたとき。魔物と戦ったとき。
そして、みんなと一緒に魔王を倒したとき。
自分自身で困難を乗り越え、未知の大地を進んでいく。私が求める冒険が。
そうしてエリンは、決意を秘めた眼差しで歩きだした――
私はまた、あの世界に行かなきゃいけない。
姿を消したエステルを探すため。乃々佳の持ち物(コントローラー)を返すため。
そして何より……
「もう一度『ゲーム』をやるために!」
エステル家のドアを開くエリン。
その表情は、退屈とは無縁のものだった。
<8582文字>
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?