「黄昏のリーンフェリア ~大人気VRゲームの世界で、私がいるエリアだけ過疎すぎる……。ならば最強の騎士として、この国を救うとしよう!~」第2話【ジャンププラス原作大賞・連載部門】

勇者ローラン――エルドラの世界観設定における重要人物。

ストーリーの道中、あるいはアイテムの"フレーバーテキスト"で彼の名は何度も言及されるが、ゲーム内で姿を現すことはない。

いずれアップデートで登場し、裏ボス的なポジションとして戦えることを期待していた。

村の破壊によって動き出した勇者の石像は、その力の一端を見せてくれるかもな。

「来るがいい、勇者の似姿!」

しかし、勇者の石像がとった行動は至って単純。

ピョイ~ン!

と空高くジャンプし、こちらを潰そうとする攻撃だった。

「なんだ、見た目が違うだけの『動く石像』か……」

ため息をつきながら大剣を振るい、飛び掛かってきた石像を真っ二つにする。

やっぱりアプデが必要だ。既存の敵では弱すぎるよ。

本物の勇者との戦いを実現するためにも、まずは今日の作戦を成功させないとな。

今度こそ勇者の村を制圧した私は、ざわめく旅行客の集団へ悠然と歩んでいく。

「あっ、あれは帝国の騎士団長で、エルドラ最強プレイヤー・四天王の一人『黄昏のリーンフェリア』じゃないか!」

旅行客の中に紛れたフィオナが、相変わらずわざとらしい口調で私の称号とか二つ名とかを並べたてる。

「黄昏」か、久々に呼ばれた二つ名だ。

その昔、ゲームに夢中になりすぎて昼夜逆転していた頃。夕暮れ――つまり黄昏時に起きて活動していた様子からつけられたもの。

まあ字面だけ見れば、かっこいいとは思う。

勢いを増していくざわめきに対し、こちらも雰囲気を壊さないよう、威厳たっぷりと演説を開始する。

「いかにも。我が名はリーンフェリア・アルトリウス。偉大なるガレンディア帝国の騎士である」

「此度は王国の腑抜けどもに、現実を教えに来た。貴様らの享受する平和など、私一人の手で容易く崩せるという現実をだ」

「私が憎かろう。力が欲しかろう。……ならば、貴様らも帝国へ来い!」

フッ、我ながらかっこよく決まった。完璧な悪役っぷりだ。

王国のプレイヤーたちを、絶望と怒りで染め上げたに違いない。

よもや、今すぐこの場で立ち向かって来る者がいるかもな。

そうなったら多少は手加減してやらないと。

カシャ……カシャ……

しかし、程なくして聞こえてきたのは怒声ではなく、スクリーンショットを撮る乾いたシャッター音。どうやら私を撮影しているようだ。

なんだ? もしかしてゲーム内のSNSで晒されるのか?

予想以上に湿った敵意が向けられているのかと強張り、恐る恐る彼らの反応を確認する。

「マジやば! 何あれ人間の強さじゃなくね?」

「プロゲーマーとかじゃないの?」

「有名人? サインもらっといたほうがいい?」

あれ? なんか思ってた反応と違くない?

どうやら台本通りにいかないと見た私は、フィオナに目配せして助けを求める。

彼女はそそくさと旅行客の集団から抜け出し、こちらに耳打ちしてきた。

「リン、作戦変更だ。悪役に徹するのはやめて、彼らに『直接!』帝国の良さをアピールしよう」

両手を縦にして顔の前に上げ、某N社のダイレクト映像のようなポーズを取るフィオナ。

あまりの展開の変わりように困惑しながらも、私は彼女の提案に頷く。

「ええと……みなさん何か、私に聞きたいこととか……あります?」

さっきまでの高慢な態度を改め、どうにか親しみやすい雰囲気を装う。

そんな私を見た旅行客たちは一層関心を持ったようで、一人の少女が元気に話しかけてきた。

「それ、かっこいい鎧ですね!」

「ほう。この装備の良さがわかるとは、見所がある! 君も欲しいかい?」

「はい! どうすれば手に入りますか?」

「入手方法は意外と簡単だよ。クリア後に行ける帝都の裏ダンジョンを~(中略、長々としたゲーム内設定の解説)~そして最後に特殊な金床で強化する必要が……」

「あっ……ごめんなさい。課金で買えないならいいです」

こちらの勢いに引き気味になった少女は、そそくさと去っていった。

しまった、つい一方的に喋ってしまった……

けど、エルドラが課金ありきのゲームみたいに言われるのは心外だ。

「おいおい、このゲーム課金してもいいことないぞ。金が欲しけりゃ帝都の冒険者ギルド! ランクを上げていけば実入りの良い依頼が……」

「はー。何か大変そうっすね」

今度はくたびれたサラリーマン風の旅行客に、無関心な態度を取られる。

仕事じゃなくてゲームの話をしてるんだから、もっとワクワクしろ!

「ま、まあギルドの依頼はお使いみたいで面倒なところもある。ええと……もっとみんなストーリーを遊ぼう! 面白いよ!」

「俺、実況動画で見ました! めっちゃ感動した!」

「ねー。あたしなんて見ててマジ泣きした!」

若いカップルが話に乗ってきたが、いまいち噛み合っていない。それはゲームの感想というか実況動画の感想では……。

困惑する私のもとへ、老齢の男性旅行客がやってきた。

「すみません騎士様、一緒に記念写真を撮ってはもらえませんか。孫に見せてやりたいのです」

「まあいいけど……」

「あっ、ずるーい! あたしもあたしもー」「俺も俺も!」「こりゃ押すでない! ワシが先じゃ!」

軽はずみに了承してしまった直後、ミーハー心を煽られた旅行客が殺到する。

「おい、やめろお前ら! 私の美しいポニテが崩れるだろうが!」

私は完全に包囲されて逃げ場を失い、熱狂状態になった群衆に揉みくちゃにされた。

「フィオナ! 助けてくれー!」

「うーむ、何か良い方法は……あっ、そうだ! 記念写真と握手を希望する方は、こちらに並んでくださーい! 1人30秒まででーす!」

廃墟と化した勇者の村は更に一変し、撮影会&握手会の会場となる。

当の私にできるのは、引きつった笑顔で旅行客たちの写真に映ることだけだった。

なんというか、すごく疲れた。精神的に。

満足気に帰っていくツアーの一団に手を振られながら村を出た私は、近くの川辺にドサッと座り込む。

気がつくと辺りは夕暮れ。夕日が映る川面の向こうでは、破壊した勇者の村があっという間に修復されていた。

全滅させた衛兵たちも無事に復活(リスポーン)したようで、村の周囲を巡回していた一人に声をかけられる。

「勇者の村へようこそ。おや、その鎧は……貴様、帝国軍だな!」

「違う」

「これは失礼しました。ゆっくりしていってください」

今度は敵であることを即座に否定し、戦闘を拒む。今は休ませてくれ……

衛兵を追いやると、川に石を投げながら今日起きたことを思い返す。

心の故郷たるガレンディア帝国は運営に見捨てられ、私の愛したエルドラは失われていく。

多くのプレイヤー達との間に生まれた価値観の差は、あまりにも大きい。

打開策はあるのだろうか。

今の不安な心には、夕焼けに染まる空と牧歌的な村の景色がかえって毒になる。

〜♪

おまけに、どこからか切なさを感じる音楽が流れてきた。

帰っていく旅行客の誰かが演奏してるのだろうか。

気になって音の流れてくる方を見てみると、フィオナが熱心にオカリナを吹いていた。

「お前かい!」

「わあ! 珍しく落ち込んでるから、励まそうと思ったのに」

「選曲がおかしい。こういうときに悲しそうなメロディを流すな」

「いやいや、後半から怒涛のアップテンポで盛り上がる曲なんだけど」

どんな曲だよ……

「はぁ……。私が間違ってたのかもしれないな。今はもう、ラスボスも悪の帝国もいらない。壮大な冒険なんか誰も求めてない」

「私たちみたいな古いゲーマーは、滅びゆく運命なんだよ。そういう時代になっちゃったんだ」

私は膝を抱えながら、いじけ座りで嘆く。

その様子を見たフィオナは、夕日を見上げながら語り始めた。

「発売当初、攻略不可能と言われた『竜騎士ガウェイン』の最速撃破。難攻不落の裏ダンジョン『覇王の霊廟』100階層到達。エルドラ初の超大型ボス『巨仙龍シェンロン』のソロ討伐」

「僕の知ってる『黄昏のリーンフェリア』は、数々の伝説を残してきた。でも、昔のリンは今ほど強くなかったからね」

「同じ敵に何十回と負けて、いつもボロボロになって帰ってくる。そして、楽しそうに言うんだ……」

「『まあ、次は勝てるな』って」

……確かにそうだったな。

もう長い間、何と戦っても負け知らずだった。

敗北を忘れた私は、心が弱くなっていたのかもしれない。

「リン、これは新たな『戦い』だよ。僕らの帝国を救うための。今日は負けちゃったけど、まだ始まったばかりじゃないか!」

「…………」

私は戦うことが好きだ。

それは、エルドラ(この世界)の面白さを信じてるから。

本当に良いゲームってのは、プレイヤーに理不尽を押し付けてたりしない。

無理難題と思えるものだって、工夫次第で必ずクリアできるように作られてる。

だから迷わず、人生を捧げるくらい全力で遊べてしまう。

積み重ねた敗北の悔しさが、勝利の達成感に変わる。あの瞬間を楽しむために――

「……まったく、フィオナさんは人を焚きつけるのがうまい。さすがは帝国の宰相殿だ」

ま、やるだけやってみようかね。

そう言わんばかりに立ち上がった私は、勇者の村を指差してこう告げる。

「弱点はわかった。まあ、次は勝てるな!」

「やっと立ち直った。リンは強いくせに、変なとこでナイーブなんだから」

「うっさい! 帰るぞ、私たちの帝国へ!」

フィオナと肩を並べ、夕日を背に2人で歩き出す。

こうして、私たちの新たな戦いが始まった。ガレンディア帝国の過疎状態を解消し、運営にアップデート打ち切りを撤回させる。

敗北からのスタートだが、帰路につく足取りは行きよりも軽かった。

「ってか、今日のはフィオナの作戦がまずかったんじゃないか? 無難に動画投稿でもしようぜ」

「いいね。それなら冒頭の挨拶を考えてある」

「……一応聞かせてくれ」

「こう、鈴をつむように右手を上げて、左右に揺らしながら『リンリンリーン。たそリンちゃんねるのお時間でーす』みたいな」

「うわ! 恥ずかしいな! それ私がやるの!?」

「リン、帝国を救うためだよ!」

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