列車にて
静かに眠る街の中を夜行列車は走っていく。すっかりとひとの消えた車内にはまるで自分しかいないかのようにさえ感じられた。んんっと大きく伸びをしたあとに、やっぱりまだ誰かいるような気がしてそろそろと触角をふるわせると、少なくともこの号車には自分しかいないようで、息をついた。
「よかったらいかがですか」車掌がそう声をかけた。「これはどうも」お茶を受け取る。「今夜は冷えますからね、お体気を付けてください」
香りを確かめて、あ、と言った。「それね、桑茶だそうです。六つ前の駅で乗ったお客さんがね、故郷のお茶だそうですが、少し分けてくれたんですよ。__ああ、お客さんも、同じ駅で乗られましたよね」
同じものを荷物にも幾ばくか持ってきたけれど、きっとこの茶葉の持ち主は、故郷から離れる未練なのか、又は立ち寄った旅の土産にか、持ちすぎてしまって、車内で思い直して減らしたというところだろうか。ともかく、ここで最後に飲めたのはありがたかった。
真っ暗な窓の外を見る。自分と同じ日に、同じ場所から、どこか違う場所へ旅立ったひとがいるんだな。お茶をふうふうと冷まして飲むと、芯からぽかぽかと暖まるようで、ほうと息を吐いた。
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