塔
それはすべてが白色の同じ材質でできていて、足元は巨大樹の根の様な有機的なうねりを持っていた。それが、螺旋状に回転しながら上へと伸びていて、その回転の捻りとともに螺旋模様がだんだんと細かくなっていき、塔のちょうど――あくまで目視できる範囲の――真ん中あたりになると、もはやつるつるとした完全な円筒になっているのだった。わたしはこの場所を知っていた。塔は、8の階層と8の名があった。
その場所は塔も地面もすべて同じ素材でできているようで、塔以外には見渡す限りに建物は無く、地面の僅かな隆起さえ見当たらず、ただ真っ白な平面が拡がっているばかりだった。
塔の根は地面と一体化していて、所々の隙間から内部に入ることができた。隙間といっても、塔はわたしの知る建造物に対してあまりにも巨大で、だから根と根の隙間というのはつまり、ちょっとした渓谷のようだった。内部に入ると、円筒の滑らかな壁がずっと上まで続いていて、それがどれほどの高さまであるのか、最早わからなかった。
この白樹の塔は「図書館」だった。
塔の中のちょうど真ん中に、人がひとりちょうど乗れるくらいの円が彫ってあって、それが上へと登るためのエレベーターだった。そこに乗ると、その円が10cm程度の厚みを持って――少しでも擦れたり揺れたりすることなく――地面から離れていくのだった。
塔があまりに大きいのと、すべてが白色をしているから、どのくらいの速さで以て上っているのかはよくわからなかったけれど、どうやらかなりの速度が出ているのではないかなと思った。ただし、やはり揺れは無かったし、そよ風ほどの空気の動きさえ起きなかった。
だいたい10分程度経つとエレベーターは停止した。上にはまだいくらでも空間が広がっているけれど、「ああ、わたしは"ここまで"なんだな」と思った。
この図書館に図書は無く、ただ「情報」そのものが存在していて、あることを、声に出さずとも訊くと、すぐさまに「イメージ」が伝わって来るのだった。
わたしはここでいろいろなことを訊いた。
訊けないことはひとつも無かった。
持ち帰れるものは、めったに無かった。
ある日は「宇宙の仕組み」を訊いた。
起きたらすっかりと忘れていた。
ある日は「人類が滅びる日」を訊いた。
起きたらすっかりと忘れていた。
ある日は「わたしの死ぬ日」を訊いた。
起きたらすっかりと忘れていた。
ある日は「そうめんの理想的な茹で時間と指し水のタイミングを計る方法」を訊いた。
起きたらしっかりと覚えていた。
非常にのどごしのよい茹で上がりになったので、次は肉じゃがのレシピを訊こうと思った。
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