そよ風の弾く音
それに気づいたのはほんとうについ最近のことで、ああなんだか気持ちの良い風が吹いているなと思っていたら、それはだれかが弾く伴奏であるのだとわかった。わたしはめったに外に出ないから、ここにピアノが置いてあるなんてことも知らなかったし、それを弾く人がいるのだということも知らなかった。それは決まった時間に演奏されるということではなくて、けれども曲はいつも同じだった。窓を開けているある晴れた日などに、気持ちのよいそよ風が吹いてくるようなときに、ふと気が付くとその風の中に音色が混じっているのだった。じっさいそれがどこで弾かれているのかもわからなかったし、いったいだれが弾いているのかもわからなかったけれど、そっとめをつむって聴いていると、ふとそのまぶたの裏に弾いているすがたが浮かんでくるような時があった。その指のおどろくような軽やかさだとか、奏者のうきうきと弾むこころだとか、にこやかにわらっていることだとかを、そよ風が、そっと、ここへ運んで来るのだった。
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