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10月30日 初恋の日 【SS】遠い思い出

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】- 初恋の日

島崎藤村ゆかりの宿である長野県小諸市の老舗旅館「中棚荘」(なかだなそう)が制定。

1896年(明治29年)のこの日、島崎藤村が『文学界』46号に『こひぐさ』の一編として「初恋」の詩を発表した。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。


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【SS】遠い思い出

 きっと誰しも経験があることだろう、淡い初恋の経験が。そしてその記憶は、美しく忘れることのできない「遠い思い出」として頭の中にしっかりと刻み込まれ、歳をとるにつれて「純粋だった頃の心」を思い出すのかも知れない。

 毎日同じ時間に起きて、同じ朝食を作り、服は違えど毎日同じ道を歩きバスに乗り、会社のオフィスで毎日同じ作業をし、定時になると会社を出て急いでバスに乗り、自宅に近いスーパーで買い物をして帰る。そして、いつものように夕食を準備し、子供と夫の帰りを待つ。そんな時間を過ごしている一人の中年女性がいた。悩むというより毎日を時間に流されて生きているようだった。唯一の悩みは夕食の献立。

 そんな日々を送っている女性は、四十歳「静香」という名前だった。初恋の相手は小学校一年生の時、とても綺麗なストレートでツヤツヤした髪の毛が特徴の色が白いヒロトという男の子だった。小学生の間、ずっと好きだった。バレンタインにはいつもチョコを渡そうと思ってはいたものの、ヒロトの隣にはヤスヒコというお笑い芸人みたいにいつも賑やかな子がくっついていたので結局渡せずじまい。静香の初恋は自然消滅の道を辿った。いつもヒロトのそばにいたヤスヒコは、天然パーマのくしゃくしゃな髪の毛でダミ声、それに常にニヤニヤしておどけているような子だったので、静香は嫌いだった。でも、二人は家も近かったらしく良く遊んでいる親友だったようだ。

 静香は就職するときに、実家を出て電車で三十分くらいの場所で最初の一人暮らし生活を始めた。そして、職場で今の夫と知り合い、当時はストーカーのようなアタックを夫から受けて「そんなに愛してくれるならこの人と」と思い結婚したのだった。しかし、結婚して十五年の歳月の間に、お互いの心の燃え盛る炎は消え去り、お互いのやるべきことを淡々とこなすだけの日々を過ごしていく生活に変わっている。心のどこかでは生きているという刺激を欲しているのかも知れない。

 静香は、久しぶりに実家に帰ってきた。気晴らしである。駅から実家への道を歩いていると、一人のランドセルを背負った小学生が歩いているのが視界に入った。

『えっ、まさか、ヒロト。そんなはずないわよね。だって今は四十歳なんだから。でも、瓜二つだわ、あの子。もしかしてヒロトの子供なのかなぁ』

 静香は、記憶の中のヒロトにそっくりの小学生を見つけたのだ。久しぶりに胸が高鳴るのを感じている。そしていつの間にか無意識に後ろを歩いていた。途中の分かれ道に差し掛かったが、実家の方ではなく小学生が歩いている方へと足を運んでいた。

『間違いない。ヒロトの家の方に向かっている。やっぱりヒロトの子供なんだ。もしかしたら、今のヒロトにも会えるのかしら』

そんなことを考えながら歩いていると、いきなり声をかけられ、振り向いた。ダンディな格好をした中年の男性だった。

「あれー、もしかして静香じゃないか。あー、やっぱり静香だ。後ろ姿にも面影が残っていたから、声をかけちゃったよ」

 静香は、声を掛けられたが、その声の主に見覚えがない。もしかして新手の勧誘かと思い、何も答えずにいるとダンディな男性はそのことを察してか、言葉を続けた。

「あ、俺が誰だかわからないんだな。なんだか悲しいなぁ。これでも、小学生の時は静香のことが大好きな男の子だったんだぞ。俺だよ、ヤスヒコだよ」

「えっ、えっ、ヤスヒコー。ウソ、あの格好悪くて私が大嫌いだったヤスヒコなの」

「おいおい、なんだよそれ。俺のこと嫌いだったのかよ。あの頃は、遊んでたら俺らの前に良く現れてたから、てっきり好きなんだと思ってたのになぁ」

「やだー、勘違いも甚だしいわね。そんなところは確かにお調子もんのヤスヒコだ。ウン、間違いない」

「おっ、やっと昔の静香に戻ったな。よかった、よかった。で、今日はどうしたんだ。こっちは実家じゃないだろ」

「えっ、うん。あのね。歩いていたら、昔のヒロトにそっくりの小学生が歩いててさ。ついつい、その後を歩いてきちゃった。ほら、あの前の方を歩いている男の子」

「オイオイ。それじゃストーカーみたいじゃないか。捕まっちまうぞ。うーんと、あぁ、あの子ね。ヒロキくんだな、あれは。まさしくヒロトの一人息子だよ。確か今は十歳かな。って、もしかして小学生の時に好きだった男の子はヒロトだったってこと」

「そうよ。今頃気づいたの。超鈍感。ヤスヒコがいつもヒロトにくっついていたから、チョコもあげられなかったのよ」

「あーー、俺の淡い初恋の思い出が、こんな形で崩れ去るとは、トホホ」

「何よー、こっちこそトホホだわ」

 そこに、息子を迎えに出てきた男性がいた。ヤスヒコに気が付いて遠くから手を振っている。ヤスヒコは静香を左手で指さしながら、右手を振っている。静香は、なんとなく嫌な予感がした。

「静香、あれが今のヒロトだよ。奥さんが働いているから、しっかり主夫しているみたいだぞ。結構エプロンが似合ってるだろ。ちょっと頭の方は寂しくなっちゃったけどな」

 静香の目に映っていたのは、五十は過ぎているように見えてしまう後退した髪の毛が印象的なエプロン姿にサンダルの男性だった。小学生の時の面影は微塵もなくなっていた。むしろ、目の前にいるヤスヒコの方が、魅力的な男性に見える。その時、静香の脳内では今の夫と知り合った時の熱情が蘇ってきた。フラフラとここまできたことを静香は後悔していた。

『あーあ、ヤスヒコと同じだわ。初恋の美しい思い出が壊された気分だわ。でもそんなこと口が裂けても言えないし、このまま帰った方が良さそうね』

「ヤスヒコ。私、実家に用事があったんだ。急いで戻るわ。会えて嬉しかったわ。元気でね」

「おぅ、あれ、ヒロトとは話しなくていいのかい」

「いいの、いいの、今の生活を大切にして欲しいから」

「ふーん、じゃあな。そのうち同窓会でもやろうな」

 静香はそそくさとその場を離れ、実家に寄って、母親と少しおしゃべりをしたあと自宅に戻った。またいつものパターンに戻るのかと思ったが、大切な家族のために今日はちょっぴりご馳走を作ろうと気合が入っている。


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松浦 照葉 (てりは)
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