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11月17日 島原防災の日 【SS】風化

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】- 島原防災の日

長崎県島原市が制定。

1990年(平成2年)のこの日、長崎県・雲仙普賢岳が約200年ぶりに噴火した。その後の火砕流によって大きな被害を受けたため、これを忘れないようにする日。


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【SS】風化

 人々は誰しもが、穏やかな生活を送りたいと願っている。だが、一時の平和な時間を手に入れたとしても、残念ながら長くは続かない。人災である戦争や自然災害である台風や地震、そして火山活動などによる被害が人々の平和な暮らしを破壊してしまうのである。そして人々はまた、平和な世界への復元を夢見て、残された人々は力を合わせて元の世界に戻すために頑張るのだ。そしていつしか世代が交代する。人々に降りかかった不幸な出来事は過去のこととなり、平和な時代に新しく生まれてくる人々の記憶には不幸な出来事は刻まれていない。当事者が残した記録だけが悲惨さを語り継ぐことになる。

 火山の噴火による自然災害で村が壊滅してしまった島がある。噴火は数ヶ月前に起こった。周囲を海に囲まれ大陸との行き来は船でしかできない小さな島は、真ん中にシンボルの様な活火山がある。噴煙は日常的に出ており、村人たちも気にもしていなかった。海辺に村を作り漁業で生計を立てている村民二百人が生活をしていた。歴史を遡れば、数百年前に噴火した記録が残されている。その時は、村とは反対の方向に噴火した際の火砕流が流れ出したため、村への被害はなかった。そのことも村人を安心させている情報だった。噴火が起こる少し前、やはり異変は起きていた。

「ねぇ、ケビータ。最近、火山の噴煙が多くなっていると思わない」

「ん、そうかい。あんまり感じないけどなぁ。ララは臆病だからなぁ」

「違うわよ。以前の噴火の記録を読んだことを覚えているのよ。大噴火の前には、噴煙がより黒くなり多くなるんだって」

「へぇ、そうなんだ。んー、言われてみればちょっと黒いかな、噴煙の色」

 そんな話をして数日が経過した頃、火山から火が吹き出し始めた。ただ、たまにある小さな噴火の時と同じだろうと村人は思うだけで、それほど心配はせずに男たちは、いつものように漁に出かけていた。ケビータも舟を漕ぎ出して漁に出かけていた。漁業が盛んな島ではあるが、近海での漁で生計を立てているだけなので、大きなエンジン付きの船を持っているものは誰もいない。ケビータも一人で漕ぎ出して島から遠浅になっている三百メートルも離れていない海上で網を投げていた。ララは偶然にも山の麓の村を離れ、海辺で貝を採ったり海藻を集めたりしていた。ケビータの舟が見える場所なのでララも安心できる場所だった。

 それは突然大きな音と共に起こった。ドドーンというもの凄い音が地響きとともに聞こえた。ララは思わず振り返って山を見上げた。目に入ってきた光景は、いつも見ている静かな山ではなく、荒々しく怒り狂っているかのような火山だった。ララは瞬間に危険だと察知した。

「記録によれば、村と反対側に火砕流が流れたと書いてあったわ。でも今回はどうなのかしら。もし、反対側より村がある方が脆かったら、どうなるのかしら」

 予感は的中した。ララがいる場所は火山の噴火している火口と村を結ぶルートからは外れている。ケビータの舟が見える場所にわざわざ移動してきているからだった。しかし、村のある場所はララからは見えている。不安がよぎった。その瞬間、行き場所を失った火砕流が火口から溢れ出し、村のある方へと赤い燃える川となって流れ出した。そのスピードは早い。あっという間に村に到達し、ララの耳に悲鳴が聞こえてきた。しかし、遠く離れた場所では何もできない。ただ、立ち尽くして手で顔を覆うことくらいしかできなかった。火砕流が村を飲み込んでいる様はなんとも形容し難い光景だった。悲鳴もすぐにかき消され家々が燃えるというより溶かされて飲み込まれていったのである。

 漁に出ていた男たちとララと一緒に海藻を取りに出た若い娘たちはなんとか難を逃れることができた。しかし、年寄りや小さい子供たちは火砕流に飲み込まれてしまった。海の上で漁をしていた男たちも噴火に気付き、海の上で呆然と立ち尽くしている。何もできない自分たちを呪っているかのように。ララはケビータにわかるように赤い布を流木に結びつけて、懸命に左右に振った。ケビータも気がついたようだ。安堵するとともに、ララのいる海岸に向けて舟の舵を切った。腕が折れそうになるくらい懸命に漕いでいる。それを見た周りの舟も同様に娘たちがいる海岸に向かって舟を漕ぎ出した。

「ララー、大丈夫かー、怪我してないかー」

「ケビーター、大丈夫よー、気をつけて帰ってきてー」

 程なくして海岸に到着したケビータは一目散にララに駆け寄り抱きしめた。ララの体は恐怖で震えている。近くにいた娘たちも同様に怯えていた。遠くではまだ火砕流が流れ続けている。すでに村のあたりは冷えて固まった火砕流の上を新しく吹き出した火砕流が流れている状態になっている。おそらく、亡くなった村人たちの亡骸は、溶けてしまい、骨すらも掘り出すことはできないだろう。次々に船から上がった男たちも、呆然としていた。忘れられない日となってしまった。

 月日は流れ、難を逃れた村人たちは、別な場所に新しい村を築いていた。その中にはララとケビータの姿もあった。ララは新しい命も身籠っていた。もちろんケビータとの子供だ。新しい村で平和な時間が再び流れ始めていた。ララは自分の子供たちの世代に、噴火という恐ろしい経験を残すために記録した。そして幼い子供のために紙芝居も作って展開した。

「この子達には同じ目にはあってほしくはないわ。でも、事実を知っておかないといざという時の対処もできないはずだから、まずは私は事実を伝えることをやっていくわ」

「ララ、僕たちの子孫の代になっても風化しないように毎年イベントを開いた方がいいかもしれないね。僕も一緒に活動していくよ」

 この島における危機管理対策としてのリーダーが決まった瞬間だった。


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松浦 照葉 (てりは)
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