【SS 12月10日】三億円強奪事件の日
【今日は何の日ショートショート】- 三億円強奪事件の日
1968年12月10日、東京都府中市にある東芝でボーナス支給のために準備された三億円が強奪された。そう、有名な三億円強奪事件だ。犯人は捕まることなく時効を迎えた。当時のボーナスは現金支給だったことが狙われる要因の一つだったこともありこの事件以降、急速に銀行振込が普及していった。
【SS】三億円強奪事件の記憶
私は今年で八十二歳になった。
辛うじてまだ生きながらえている。事件当時は二十八歳になるうだつの上がらない銀行員だった。毎年十二月十日を迎えると、あの日のことを懐かしく思い出す。私の人生を大きく変えた日だったから。
私は銀行で働いている時提案したことがあった。
現金輸送は危険すぎるし人件費もかかる。これからの時代を考え給与振込用の個人口座を作ってもらうことを企業に奨励することが重要だと進言したが、一蹴された。そんなことはお前が考えることではない、と。それ以来、私は行内で意見することを止めた。
私は銀行の中での自分の力のなさが悔しかった。
世の中で大きな事件でも起きない限り、固くなった頭は変わらないんだと感じた。このままでは、高度成長時代に入ったにも関わらず金融機関の未来はなくなると直感的に思った。いつまでも物理的に大変な現金を大量に移動させる時代は終わらせなければならないと真剣に考えた。
私は考えに考え抜き現金強奪を決断した。
ならば、私が日本の金融界の未来のためにきっかけを作ってやると。そして、資料収集を始めた。警察、輸送、警備、白バイ、大企業、ボーナス支給日程について半年かけて情報を集め、休みのたびにめぼしい場所を見学にも行った。そして、ボーナスの現金を強奪する計画を作った。さらに演技の勉強もした。
私は迷うことなく計画の準備に入った。
一大決心である。犯罪とは程遠い場所でしか生活をしてこなかった私にとっては心臓が破裂しそうなほどだった。計画した犯罪に利用するものは全て盗んだ。新聞や雑誌に至るまで盗んだ。買ったものは、白バイを作り上げるために使ったペンキ、接着剤、ガムテープくらいだ。それも、全く関連のないホームセンターで購入した。当然、ありきたりの物ばかり。
私は意を決して現金強奪を実行した。
東芝のボーナスの支給日は前から知っていたし、府中近辺は何度も行って調査済みだ。闘争経路も問題ないだろう。しかし緊張は参考レベルに達していた。ポーカーフェースを決め込み。偽の白バイにまたがって現金輸送車を追い越し停車させ、そして声をかけた。「爆弾が仕掛けられています」と。
私は計画通りの車とルートで逃走した。
現金輸送車をまんまんと奪った私は現金輸送車で逃亡し、準備しておいたカローラに現金を積替え、再度逃走した。盗難車はあらかじめ複数台準備をしていたが、スムーズにことが運んだため、利用しないで済んだ。そして、最後は河原に行き強奪した現金を全て焼却した。私の目的は現金を得ることではなかった。警鐘を鳴らしたかっただけだった。
私は何ら変わらない日常の生活に戻った。
犯行の次の日から静岡の銀行に戻り、何も変わらない銀行の日常に埋没していった。事件が報道され、銀行各社は現金輸送の危険性を再認識し、私が提唱していた銀行振込がどんどん加速することとなった。そのことを良しとしなかった当時の上司は、私を左遷した。
私は成し遂げた満足感を満喫した生活を送った。
世の中を変えることができたと思った。誰も傷つけてはいない。日本の企業に対し損害も出させていない。今回の現金には各社で保険が掛けられ最終的に支払ったのは海外の会社だった。これも読み通りだった。あとから、紙幣の通し番号が明らかになったが、すでに現存していないのでテレビを見ながら「ご苦労様」と言葉を送った。
私はそろそろ旅立つことになるだろう。
事件のことは多くの小説や映画化などにより世の中には知らされることとなったが、真相は私しか知らない。お金目当てではない犯行だったということを。そして、この事件で給与が銀行振込中心に変化したということに私は満足している。そのことは誰にも明かすことなく私は死を迎えることにした。ただそれだけのことだ。
私はこれにて人生を終えることにする。
みなさん、さようなら。。。
🌿【照葉の小説】今日は何の日SS集← 記念日からの創作SS
🌿【照葉の小説】ショートショート集← SSマガジンへのリンク
🌿【照葉の小説】短編以上の小説集 ← 電子出版を含めた小説集
🌿【照葉の日常】日々の出来事← 日々の出来事、エッセイ
☆ ☆ ☆
いつも読んでいただきありがとうございます。
「てりは」のnoteへ初めての方は、以下もどうぞ。