マッチングアプリ日記③
前回、note公開時に、「恋愛」タグをつけたら、ビュー数が伸びてた。調子に乗ったので、今回もつけようと思う。
前回綴ったこの一文を憶えているだろうか。
本業の夜勤中に下書きを、そして無事職場から解放されて3時間半後に着替えてメイクを直して雨が降りしきるなか美術館デートに行き、翌日は眠気に負けていたが故に結局はその次の日に文を推敲しつつ投稿した私がそう書いていたのだ。ならば書かねばならぬのだろう。過去の私には、ぜひ首を洗って待っていてほしい。
さて、「実はヤバ男」の話である。私が社会人1年目、4月に配属された事業所にその男はいた。その年私以外にも1年目は2人いたのだが、2人とも私より半年早く入社していたため、純粋な1年目、そして4月に2年目になった彼奴の純粋な後輩は私1人だった。
1年目、というのは恐らくどこの会社でも年齢が近く、すぐ上の先輩から色々教わることが多いのではないだろうか。私もそうだった。若手の多い所属先の空気もあってか、近い距離で色々教わっていたと思う。加えて私は生粋の長女気質。その年の夏頃メンタルを崩しかけ、しかしその手の相談を他人にするのは物凄く苦手だったのだが、仕事を教わり、たまにご飯に連れていってもらう、そんなごくごく普通の先輩後輩の関係を築いていたからか、(それでも結構、かなり、だいぶ頑張って)相談することが出来ていた。何となく「この人には相談しても大丈夫」だと思っていた。その頃には週に一回とかそのくらいの頻度で仕事終わりに遊んだりご飯を食べるようになっていた。
私が2年目になってもそれは殆ど変わらなかった。とはいえいくら上下関係があろうと所詮は男女。それだけ一緒にいれば距離も縮まる。一線を越えることはなかったけれど、足先くらいははみ出していたと思う。あとこれは今年の3月末に知ったのだが、仲の良いパートさんとご飯に行った時、私たちの仲が良いからパートさんたちのなかで話題になっていたのだと聞かされた。。やめて。
しかしそれは、ある日大きく、そして予告なく崩れた。人の関係ってこんなにすぐ壊れるんだなと客観視してしまうくらいに。この時点で私は彼奴のことがかなり好きだったので、その時は落ち込みすぎて体調を崩した。今思うとあまりに馬鹿馬鹿しい。その後一旦関係は修復するも、それは諸刃の剣みたいなもので、細かな衝突を繰り返して結局半年後にはまた崩れた。元々脆いものを突貫工事でとりなしてもあまり意味が無いのは世の理である。だからなのか、最後に話し合いをした日、さすがにその時は現実を冷静に受け止めていた。流石に真顔はヤバいかなと思って、最大限に悲しい顔と最大限に落ち込んでいるような仕草はしておいた。世界一不幸な美少女の完成である。帰宅してからTwitterの鍵垢に「私が全部悪いわけじゃねえだろ」という旨のお怒りツイートを連投した。
ちなみに何にそんなに怒っていたのかと言うと、彼奴の言動である。元々酔っぱらっているときは、多少の怒りは笑って丸呑みしてしまおうと決めている私でなければ即座に平手打ちを喰らわす言葉を発してくるタイプだったが、今回ばかりは流石にその怒りを抑えることはできなかった。「僕は気が合うように見せるのが上手いから」「あなたよりは大人なので」等々、人の性格は根本的には変わらない、変えるのが難しいが故に今後形は違えど他の人にも届く可能性がある。当時ギリギリ理性と優しさは持ち合わせていたので本人の前では何も言わず、かつTwitterに発散する際は「人間不信にしてしまうような言葉をもう言いませんように」という旨の一言を添えておいた。
何の因果か、4月からの異動を命ぜられた先に彼奴も異動になった。同性介助が基本なので働く場所は違うのが幸いだが、この間上司に用事があって電話した時、電話口には彼奴がでた。相手が私だと知ると、明らかに第一声よりもテンションが下がった。それは「仕事をしている社会人の態度」としてどうかと思う。せめて1学年年下の(彼奴は早生まれなので年齢は同じ)相手に自分の方が大人だ、と言い放ったならそれ相応の対応はしてほしいと言いそうになったが我慢して、上司は不在だったので私は電話を切った。
確かに私にも非はある、それは認めるが彼奴も細かな仕事は忘れて(言うのも面倒なので黙って肩代わりをしていたのは私だ)そのくせ「完璧にできます」面していたのはあまりにも理不尽ではないか。よくあんなのを好きだったし、今では姿を見るたびに動悸が止まらなくなるので足早にその場を立ち去るレベルで嫌いなので、人はどう変化するかわからないものだ。会議で顔を合わせざるを得ない時は「何も思ってませんよ」と対大勢用の笑顔を貼りつけられる私、偉すぎやしないだろうか。
世界一不幸な美少女が世紀の大女優に転身できる日もそう遠くはない。私には幸せになってほしいなと、YouTubeをBGMにしながら思うのであった。