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無料のオンラインコースでウェルビーイングは向上する?

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2018年、米国の名門イェール大学で「大学史上最も人気」と話題になった授業が開講されました。それは、ローリー・サントス教授が指導する「心理学と良い人生(Psychology and the Good Life)」という授業でした。開講当時、同大学316年の歴史上最多の1,200名が履修登録しています。

この授業のテーマはウェルビーイング(幸福)で、その内容は楽観性、感情の扱い方、モチベーションの維持、逆境に立ち向かうことの意味、他者との関係性など多岐に渡ります。主にポジティブ心理学の領域で科学的に立証されている理論や、それらに基づいた人生を豊かにする習慣や考え方について学ぶ内容です。

この授業、その後Coursera(名門大学などの授業を無料または有料で受講できる教育プラットフォーム)で誰でも無料で受講できるようになりました(タイトルは「The Science of Well Being(ウェルビーイングの科学)」)。最新の統計によると、これまでなんと338万人もの人が受講申し込みを行っているとのことです。

筆者も2年前に受講しましたが、小さな教室で撮影された、サントス教授が学生に語りかけるスタイルの講義動画は親み感に溢れていて、まるで自分も学生たちと肩を並べて受講している気分になれました。

サントス教授は、「知見や理論を学ぶだけでは、実際の行動を変えるには不十分であることは科学的に明らかになっている」と説明していて、受講者に動画視聴に加えて、課題として睡眠パターンの改善、運動、瞑想などに取り組むことを求めます。これは、これまでの人生で作られた習慣や考え方を司る頭の中の回路を再配線するための活動”リワイヤメント”と呼ばれます)なんだそうです。

人生を豊かにするための取り組み-02

さて、サントス教授の授業の爆発的な人気に続けとばかりに、現在ではオンライン上で「ポジティブ心理学」、「ウェルビーイング」、「ハピネス」をテーマにした多くのコースが提供されています。欧米の大学では、学士号や修士号を取得できるプログラムも年々増えていて、幸せになる方法を学びたいと思う人は世の中に溢れているんだなあ、と実感します。

と同時に、こんな疑問も湧いてくるのです。幸せになる方法を学ぶことで、人は本当に幸せになれるのだろうか?今年4月に公表された新たな研究結果が示すこの問いへの答えは「イエス」でした。

本研究はジョンズ・ホプキンス大学とイェール大学の研究者らによって行われました。2018年8月から2020年8月まで実施された調査には、4887人が参加。参加者の約半数はCourseraで提供されているサントス教授の「The Science of Well Being(ウェルビーイングの科学)」を受講し、残りの約半数は、同じくCourseraにてイェール大学が提供する「Introduction to Psycholoy(心理学入門)」を受講しました。どちらもオンラインでの受講です。

受講者の主観的ウェルビーイング(ウェルビーイングの自己評価)を確認するために用いられたのは、マーティン・セリグマン博士(Seligman,2011)のPERMAモデルに基づいて開発された心理検査です。主に、P(Positive emotion,ポジティブ感情)、E(Engagement,物事への積極的な関わり)、R(Relationship,他者とのよい関係)、M(Meaning,人生の意味や意義の自覚)、A(Accomplishment,達成感)を測るもので、オンラインコース受講前と受講後に実施され、その結果を比較することでオンライン受講の効果が確認されました。

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さて、結果は。

3年以上に及ぶ調査期間内に、2つのどちらかのコースを受講した参加者の受講前と受講後のPERMAを比較したところ、受講者のPERMAはどちらのコースを受講した場合でも、大きく向上していました。しかし、「The Science of Well Being(ウェルビーイングの科学)」受講者のPERMAは、「Introduction to Psycholoy(心理学入門)」を受講した参加者のPERMAと比較してより大きな伸びを示しており、これはCOVIT-19が猛威を奮った2020年春から夏に受講した参加者においても同じでした。

この結果について、研究者らは、大規模なオンライン講座の受講でも、人の幸福感は高まることが示されたと述べ、「The Science of Well Being(ウェルビーイングの科学)」の受講者のウェルビーイングが特に高かったことの要因として、科学的根拠に基づいたエクササイズの実践を挙げています。また、無料で誰でも自由に利用できるオンライン講座が、大規模なスケールで受講者のメンタルヘルスの改善をもたらす可能性が示されたことに大きな意味があり、今後、公衆衛生の維持や向上のための重要なツールになるかもしれないと述べています。

たかが幸福感、されど幸福感。時々の感情に左右されそうな、抽象的な概念ではありますが、最近では心理学の分野だけでなく、経営学や経済学での研究も進み、幸福な人は創造性や生産性が高く、仲間のやる気を高め、健康であり寿命も長いことなどが明らかとなっています。良いことづくめですね。

最後に、サントス教授のオンライン授業で最も印象に残ったお話しを共有します。私は、日々がっかりするようなことに出くわしたり、自分の飽くなき欲望が垣間見えた時にこの話を思い出し、自分の思考回路を調整しています。

そのお話し、「お金、美しい容姿、高い地位などがなぜ人を幸せにしないのか?」という説明で、サントス教授は、以下のエビングハウスの錯視を用いて解説しています。

例えば、(ちょっと生々しい話ですが)年収500万円の時には「1000万円になったら幸せになれる!」と信じて疑いません。その時の自分のイメージは年収500万円の群衆の中で一人だけ1000万円を稼ぐ秀でた自分のイメージです(画面向かって右側の大きく見えるオレンジの円)。

ところがいざ1000万円を稼ぎ始めると生活環境、付き合う人が変わり、自分よりより多くを稼ぐ人たちに囲まれ、あんなに憧れていた1000万円を稼ぐ自分が小さく見え始めます(左側のオレンジの円です)。

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(出典:Wikipedia)

この2つの、大きさが全く同じオレンジの円が伝えるのは、私たちがいかに物事をそのままに捉えることができないか、ということです。いつも比較する事柄や相手に基づいて物事や自分自身の価値までも決めてしまうのですね。だから幸福感がするりと逃げて行って、すぐに惨めな自分に戻ってしまうのです。 

(寄稿:泉谷道子 - 心理学博士)

Courseraの「The Science of Well Being(ウェルビーイングの科学)」の講座:https://ja.coursera.org/learn/the-science-of-well-being


<出典>

Yaden DB, Claydon J, Bathgate M, Platt B, Santos LR (2021) Teaching well-being at scale: An intervention study. PLoS ONE 16(4): e0249193. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0249193

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0249193

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