ドイツが生み出した合成獣”キメラ”。ユンカースJu287
キメラってご存知でしょうか。キマイラとも言うのですが、ギリシア神話に登場する架空の生物をいいます。いわば怪獣ですね。日本では鵺(ぬえ)という妖怪が知られてます。今回はそんな合成獣ならぬ合成軍用機のお話を。
頭はライオン、胴体はヤギ、尻尾は毒蛇。口からは火を吐き、しばしば山火事を起こすことも。この怪獣は、生物学でいうところの「キメラ」の語源にもなっています。同一の個体に異なった遺伝子情報をもつ状態を指すそうで、DNA鑑定が100%ではないのは、このDNAキメラが存在するからだそうです。
日本では「鵺(ぬえ)」がキメラにあたるかもしれませんね。猿の顔に、狸の胴体、虎の手足。尾が蛇の怪獣です。『平家物語』では、天皇や京都に祟りを及ぼす存在として、死体を生贄として鴨川に流したとか。
◆異色の爆撃機計画。
第二次大戦のドイツでは今までの飛行機の飛行概念を覆すような画期的な技術が実用化されようとしていました。それはジェットエンジン。
第二次大戦で実用化され、戦線に本格的に投入できたのは、ドイツだけでした(イギリスでもグロスターミーテイアが実践配備されていたが、空戦はなかった)。
このジェットエンジンを搭載した飛行機は、ドイツの各社がこぞって設計に着手します。プロペラが必要なレシプロ機と違って、色々な所に取り付けられるジェットエンジンは、その高性能と合わさってかなり魅力的に映ったのでしょうか。様々な種類のジェット機がデザインされました。
さて、その中でも異色なスタイルを持つのがこのユンカースJu287という機体です。この飛行機、試験用に開発されたジェットエンジン登載の爆撃機なのですが、革新的な前進翼の様々な飛行実験のためにデザインされた飛行機なのです。
そのため、胴体などの他の部分は廃物利用などで賄いました。
胴体はハインケルHe177。尾部はユンカースJu388、主車輪はユンカースJu352輸送機から。そして前の車輪は、なんと敵国アメリカのB-24の墜落したものを使ったものでした。
正に合成獣。キメラ状態ですよね。うまく合成できれば、開発が容易なので、あっという間に出来上がります。しかも部品も流用できるとあって製造コストや時間も短縮できちゃいます。
◆前進翼の試験試作機として
さて当時のジェットエンジンの特性として離着陸時の応答の悪さがありました。この低速度でも揚力を稼ぎ、失速限界が高いという意味で前進翼というのは画期的なデザインとして有力視されていたのです。
1944年8月に始まった飛行テストでは、非常に良好でしたが、ある飛行条件下では前進翼の構造に、問題があることが発覚。そのため、エンジンを全て翼下に搭載してみたり、エンジンを配置する場所を色々変えてテストが繰り返されました。戦争はどうした?
こうした試行錯誤の中、徐々に実用化の目処がつきはじめ、胴体なども新たな設計が進み、武装も装備された量産型の試作3号機のデザインが出来上がります。
ジェットエンジンを装備した機体は、敵の戦闘機よりも高速で飛行し迎撃を回避することができると目論んだのでした。
◆北の国へ連れ去られた"キメラ"
しかし、時代は戦争末期。試作2号機が完成する前にユンカースの工場にはソ連軍が侵攻して来きます。筆頭設計者のハンス・ヴォッケ博士と彼のスタッフは、2機の試作機と製作中の機体と共に、遠くソビエトの地へと連れて行かれました。
開発はドイツ敗戦後もソ連にて続行され、2年後の1947年5月23日に初飛行を行ったのですが、その時点ではソビエトのジェット機の開発は既にJu 287に追いついていました。
Ju287(ソビエトではEF131)の開発は放棄され、前進翼の実用化はまた何十年と待つことになるのです(アメリカのX-29が1984年に初飛行)。
そしてキメラはドイツに戻ってくることは二度とありませんでした。