ドイツ空軍最後の灯火〜ジェット戦闘機He162
◆緊急軽量戦闘機計画の国民戦闘機
ドイツの敗北が濃厚になってきた1944年の春。ドイツ空軍は最後の切り札ともいうジェット機に望みを託していました。迫りくる連合軍の爆撃機に対し、革新的な兵器で制空権をもう一度取り返さないと第三帝国の滅亡は必須になるからです。
そこで、ジェット機の大量生産計画が発動されます。当時、すでに生産ラインに入っていた新鋭戦闘機Me262の大量生産を推進する一方で、単発エンジンで簡易な軽量小型の迎撃戦闘機を開発し、絶望の中に一筋の光明を見出そうとします。これは国民戦闘機(フォルクスイェーガー)と呼ばれることになります。
「緊急軽量戦闘機計画」と呼ばれた1944年9月に内示された仕様書は、
・エンジンはBMW003を単発搭載した単座戦闘機であること。
・可能な限り木製部品を用いること。
熟練工以外の労働者でも組み立てられること。
・重量は2トン以内
・最高速度は海面高度で750km/h、
作戦可能な航続時は30分以上。
・離陸の滑走距離は500m以内。
・武装は20mm機関銃×2門
もしくは30mm×2門。
・操縦が容易であること。グライダー訓練のパイロット候補生でも空戦ができること。
という非常に厳しいものでした。
こういう要望書を紐解くと当時の戦局の悪化を垣間見ることができます。資源不足で木製部品の多用。30分でもいいから迎撃に上がれることなど。滑走距離を短くするのは、まともな滑走路を確保できない事情も読み取れます。
こんな悲鳴に近い空軍省の要望に対し、ブローム・ウント・フォス社とハインケル社が提出した計画は、その無謀とも思える要求をほぼ満たしており、この2機の計画が承認されます。もっとも、ハインケル社内部では、P.1073という、下地になる基本設計と風洞実験も行われていたので、要望に合うプランを提出できたというのも有利に働いたのですが。
◆実用化まで世界最速?の開発スピード!
承認を受けたハインケル社は驚異的なスピードで作業を開始、なんと9日間という超短期間で生産計画を作成したため、ハインケル社案が制式採用されることになります。
設計案が採択されたのは9月25日。それから約70日後の12月6日には1号機が初飛行するという、ギネスに載るのではないかと思うくらいの開発と実用化です。
日頃からクライアントのニーズや状況を先読みして、案を幾つも準備しておくという段取りの良さがありました。
この機体のコードネームはザラマンダー(Salamander、火トカゲ(サラマンダー)の意)と名付けられていました。確かに爬虫類のトカゲのような胴体、そして背中にジェットエンジンの搭載する姿は火を吹くサラマンダーをイメージさせますね。
この機体の大きな特徴は、やはり背中にエンジンを積んだスタイルだと思います。耐久性が何十時間しかない当時のジェットエンジンを容易に保守点検・交換できるスタイルです。
通常の単発機だと空気抵抗を抑えるため胴体内部に収めるのですが、手っ取り早く胴体を先に仕上げて後からエンジンを載せる方が設計が容易であるということですね。
学生時代に航空機基礎設計の授業でこのスタイルを採用したのですが、確かに設計の修正がとても楽だった記憶があります。
欠点は、操縦席の真後ろにエンジンがあるため、後方視界が非常に悪く、脱出も困難であるということ。フレームアウト(ジェットエンジンの燃焼停止)した時に単発なので、フォールトトレラント設計(全体の機能停止を防ぐシステム)もまったくありません。
戦時下の緊急ということで止む得ないことではありましたが、それでもハインケル社は、空気圧縮機による射出座席を用意します。これは実用化された軍用機ではHe219に次いで、世界で2番めに装備されました。
◆ドイツ帝国最後の執念
このHe162、あっという間に大量生産ラインに乗せ、1945年2月末には当機による実戦部隊(I./JG1)が創設されます。パイロットたちは、1ヶ月半の訓練でマスターし、3月末には実戦配備につきます。しかし、燃料事情もあって単発的なパトロールしかできず、2機撃墜の結果のみ(未確認)が後世に残されています。
それでも終戦までに275機が完成し、120機が配備されていました。生産ライン上にはすでに600機以上あったといいますから凄まじい生産力だったと思います。
しかし、肝心の航空用燃料がすでに底を付き、しかもパイロットも全然足りない状況でしたので、活躍は望めなかったといえます。
腹を空かせた火トカゲ(ザラマンダー)は火を吐くことなく地上で横たえるでけでした。ドイツ第三帝国は5月8日に滅亡します。
ドイツ航空工業の底力を見せた機体であったと思います。
地下工場で生産途中のHe162。戦後の撮影ですが、ドイツがかなり本気だった事を感じさせてくれる一枚です。
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