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心の暗雲を晴らした医師の温かな一言 #04

転移しているかもしれない。そう告げられた3日後、わたしは転職先で初日の挨拶をしていた。就職が決まった1週間後にがんの告知。こんな状況でも受け入れてくれた会社には感謝しかない。先の見えない治療に気持ちはまだ落ち着いていなかったけど、社長をはじめスタッフのみなさんがとても優しく、温かく声をかけてくださって、気力が湧いてきた。

そして、その週の金曜日は人生初のMRI。胸の腫瘍の状態を見るためだった。検査着に着替え、うつ伏せの姿勢で機械に横たわる。そこからはガンガンと何かを叩くような大きな音を聞きながらひたすら待つ。動いてはいけないと思うと30分の時間が永遠のように感じた。検査が終わり立ち上がろうとした途端、ぐわんと貧血のような血の気が引いたような感覚におそわれた。ゆっくり動くと問題なさそうだったので、そのまま歩いて廊下へと向かった。

翌日、またしてもわたしはMRIの検査をするために病院にいた。PET検査の予定が精度の問題でMRIに変更になっていた。この日も同じく検査着に着替えて検査室へ。前日と同じような音を聞きながら、息を吸って吐いてを繰り返し、検査終了。今度は仰向けになっての検査で具合がわるくなることもなかった。

そして、同日にエコー検査も実施。別の検査室へと向かい、エコーで肝臓・胆道・膵臓を見てもらう。今日の検査で転移かどうかがわかるので、わたしはいつにも増して緊張していた。

「なかなか見えないな。もうちょっとなんだけどな」

そんなわたしの緊張を感じたのか先生は独り言のように呟きながら少し押したり、位置を変えたりしてみてくれていた。大きく息を吸って少し長めに息を止める。先生の指示通りの動作を繰り返しながら、その間もどうか転移じゃありませんようにと願い続けるしかなかった。

そして、ひととおり終わると先生はモニタを見ながら、

「僕は転移じゃないと思いますよ。所見にそう書いておきますね」と優しく、でもはっきりと伝えてくれた。その言葉が、私の心を暗く曇らせていた不安の影を吹き飛ばしてくれた。

医療の知識だけじゃない。患者の気持ちを想像し、どんな言葉をかければいいかを考えてくれる医師という職業。日々何十人もの診察をして、回診もまわって、手術もして。毎日命と向き合う重圧にも耐えながら仕事をする。本当に大変な職業なのに、その辛さを見せずに患者の不安に寄り添い、必要な言葉をかけてくれる。初診のときと同様、その偉大さを感じた瞬間だった。

そして、MRI・エコー検査から1週間後の乳腺外科の診察。治療計画を聞く日だった。この日で転移しているか、手術ができるかの最終判断が出る。緊張していくと、所見を元にした乳腺外科の先生方での話し合いの結果、予定通り手術を行うことになった。

一安心と思いきや、麻酔科の診察や心臓の検査、妊孕性の診察など、やることは盛りだくさん。翌週には麻酔科の先生に全身麻酔のリスクを聞いて、循環内科の先生のもとで心臓のエコー検査や30分走って心電図の動きを見るトレッドミル検査、婦人科で妊孕性温存の話を聞いた。

心臓の検査の結果、大きな異常はなし。無事に手術を行えることに。入院の10日前の出来事だった。

photo - TAKAHIRO HOSHI

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