ひとりでカラカサさしてゆく
江國香織 2024年
・あらすじ
・感想
3年ぐらい前から、この本の存在は知っていましたが、なかなか手に出さずに、ここまで来てしまいました。先日、大学帰りに都内の本屋で見つけました。ちょうど今年、文庫化されたばかりだったようで、お手軽に買うことができました。
大晦日に80歳ぐらいの紳士淑女が集まり、軽く談話した後、同じ部屋でそろって猟銃自〇しました。なんとも物々しい…。最初、後ろのあらすじを読んだ時に、「えっ!?」てなりました。この先どうなるのだろうと少し不安になりましたが、その心配は思わぬ方向へと突き進んでいきました。
自〇事件のあと、残された遺族の様子が描かれておりました。「人騒がせだ、心配ばかりかけてくる人だった」そんな感じのことが遺族たちの間で話されておりました。でも、どこか嫌気ではなく、家族だからこそ放っておけないところがあるように感じました。
人の存在って何だろうと考えさせられる作品でしたね。私たちは何のために生きているのか。この考えは誰しもが一度は考えたことなのではないでしょうか。そういった人の生きる意味について考えさせられる作品であったと思います。
最後の解説を読んでいて、すごく印象深かったです。俳優の上白石萌音さんがこの解説を描いたそうなのですが、そこにはこうありました。
「私たちはみんな遺族である。誰かに遺され、何かを残されて生きてきたし、生きていく。大きなものを失っても、何かが終わっても、自分の現実は終わらずに進んでいくのだ。そしていつかは遺す側になる時が来る」(江國,上白石, 2024, p.260-61)
この作品曰く、人の生きる本来の意味は、子孫を残すことで、新たに始まるものがあれば、終わるものもあるということを伝えているように感じます。(とはいっても人に生きる意味はないような気もしますし、それを考えるのも無駄な気が私はしますが…。それはまた別のお話。)それはもう法則のようなものです。すべて共存など起こるはずがないのです。必ず、どっちかは残され、どっちかは去る。一見すると、とても儚く切ないことですが、本来の人間の姿と言えるのかもしれません。この作品は普段は忘れてしまっている、本来の人間の姿を思い出させてくれる作品だと思います。
私も含めて、普段から生きていると、「死」とか「人の移り変わり」とか、あまり考えないことが多いですが、生物は本来は入れ替わりによって成り立っているということを思い出させてくれるようで、だからこそ、今を大切にしなければならないというメッセージが作品を通して伝えられているように感じました。
改めて、人が生きる意味って、簡単そうに見えて難しいですよね。
・書籍情報
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