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【序章】昭和50~60年代の習志野市立津田沼小学校 エンサイクロペディア~記憶の彼方にダイブイン~

はじめに


私は「団塊の世代ジュニア」である。
父親は厳格なサラリーマン、母親は専業主婦。
任天堂ファミコンをクリスマスに
だだをこねたら買ってもらえるぐらいの
サラリーマン中流家庭で育った。

自分の人生が男性の平均寿命である「81歳」で終わりになると仮定すると、
「折り返し地点」はだいたい40歳。十年以上前に折り返している。余命はあと30年あるかどうか・・・

アラフィフになった自分の記憶力が衰えつつある中、「追憶」をしたくなった。随筆、回想録を書きたくなった「お・年・頃」うふふ、である。


PTSDとは違うが、ふとフラッシュバックする「あの頃」。

「毎日、曲の前奏を聞き終えたら一歩目を必ず右足から行進すること」

「高学年になると、行進した後(曲が終わった後)は、笛の号令があると、円形校舎の西側校舎の奥にある下駄箱までそのまま行列かつ小走りで退場する」

「毎朝早くから 砂場をスコップで掘り起こし、細くなった鉄棒をピカピカ銀色にヤスリで磨き上げる自分」

「巨大滑り台って『ドリームスライダー』(名前が精一杯な感じ)であってる?校庭後方真ん中の巨大遊具の方の名前だっけ?」

「行間体育で「いい天気だな~」と空に向かって叫びましょう。
毎日男女で手を繋ぎフォークダンス(今考えるとご褒美か)」。



現在は東京に住む自分が、「あの頃の習志野市、津田沼(”津田沼戦争”による駅前大盛況)」、「あの頃の津田沼小学校とは」を時代背景とともに徒然なるままに考察してみたい。


奇しくも、昨年 2023年が「津田沼小学校開校140周年」だったらしい・・・

更新日:2022年09月29日
津田沼小学校は、来年開校140周年を迎える市内で最も古い学校です。
旧円形校舎は、昭和32年に東校舎、昭和33年に西校舎が完成しました。
50年を超える歳月が経過し、施設の老朽化等から全面改築事業に着手し、12月10日から新校舎での授業を開始しています。

津田沼小学校全面改築工事、校舎・体育館完成/習志野市ホームページ


読者の中に、「それはこうだったよ」と意見したい者がいたらコメントをいただけたら幸いである。大歓迎ハグしたい。

それでは「氷河期仲間」の同窓生もご一緒に、
「記憶の彼方にダ~イブイン」
(バズ・ライトイヤー(所ジョージ)の声で再生)
してみませんか。

よろしくお願い申し上げます。

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