愉快なフランス人女性との出会い
バーでフランス人女性と出会った。
仕事の出張先での出来事である。
無事に最終日の仕事を終えた私は、それまでの疲れを癒すべく、飲屋へと向かった。現地でも人気なバーらしく、私が足を運んだときには店内はほぼ先客で満員の状態だった。
それでもカウンター席が空いていたので、そこに腰を下ろした。お店はとてもいい雰囲気を醸し出していたと思う。洒落ているなと感じたのは、酒類はオーダーごとに会計を済ませるという、欧米型の支払い制を導入している点である。欧州に住んでいた頃がとても懐かしく感じた。
私の隣には先客がいて、外国人の女性がBoston Cooler(ボストン・クーラー)を嗜んでいた。出張先ゆえに知り合いが誰もいなかった私は、話し相手に彼女を選んだ。彼女にカクテルを追加でオーダーしてあげたところ、意外と感激したようで、我々が打ち解けるまでには時間は掛からなかった。
彼女の名前はソフィー。フランス出身らしい。だが、日本語が随分と流暢なのには驚かされた。以前に日本の大学に留学していた経験があるそうで、学業を終えて帰国した後には素直に地元で仕事に就いていたそうだが、突然に日本が恋しくなったらしく、勢いで再び日本へとやってきたらしい。現在は、とある有名な料亭で仕事をしているのだとか。
「私の体重よりも重いバックパックを背負って空港を降りたのよ」とソフィー。とても愉快な彼女。かつての私もそんな風にしてオランダへと渡った経験がある。バックパッカーに夢中になっていた。その武勇伝をソフィーに聞かせてあげたのだが、彼女はただ頷くだけで、特別に関心を示しているようには見えなかった。それでも話を合わせようと必死だった私は、フランス人は風呂に滅多に入らないだの、カエルを食べるだのと、不謹慎な話題で彼女を土俵に乗せようと試みた。真偽はともかくとして、彼女が笑ってくれてよかった。
「私は世界中を旅しながら生きていくのが夢なの。日本は大好きだけど、ここに永住しようとは思わないわ。フランスにも帰らない。いつか日本を出て別の国に行って暮らして、そのまた後も・・ってね。あなたには私の気持ちが理解できるでしょう? だって私たち似たもの同士じゃない。あはは」(ソフィー)
「そうだね。僕はオランダに住んでいた頃、出だしはキミみたいだったよね、確かに。だけど僕は、やがて『こんな生活をいつまでもしているわけにはいかない』と感じるようになって日本に帰ってきたんだよ」(私)
「なぁーんだ、日本人らしい軟弱者。あなた男でしょ? タマ付いてんの? 自分で決めたことは最後までやり切らないとダメよ」(ソフィー)
彼女の言葉がグサリと心に刺さった。下品な言い回しのことではない。自分の著書(オランダの香り)にも少しばかり書いたのだが、自分自身の弱みをソフィーに見透かされてしまったような気分だった。まぁ、今となっては過去のことだが。
それにしても、彼女はきっと変わり者なんだろうと感じた。私の中では、フランス人は封建的である印象が強い。過去に数名ほどの友人がいたが、誰しもが新しいことへの挑戦には、慎重な立ち位置を崩さない人たちばかりであった。自分の国を出たがるフランス人に会ったのは彼女が初めてだと思う。
結局人生ってのは、自己満足だと信じている。要するに、自分が満足できる人生を歩んでいるのであれば、それだけで足を知るということ。生き様に優劣はない。例えば、歌舞伎町に生き甲斐を見出す人々が増えてきているようだが、私はそのような人生でも悪くはないと思っている。決してお世辞ではない、真剣である。
ソフィーは欧米人らしく酒豪であった。一方、私は結構酒が回ってしまい、話が終盤を迎える頃にはふわふわした気分になっていた。一体どのくらいトークしていたのだろうか? 気がつくと、カウンターに座った我々を除いては客はいなかった。
「これから何か予定あるの? 朝まで一緒にいない?」とソフィー。
彼女の言わんとすることはすぐに理解できた。いつの間にか私もそのような気分になっていた。意気投合ってやつ。その後、私たちは夜の街へと流れていった。