読書記録「四月になれば彼女は」「52ヘルツのクジラたち」他

この1か月で読んだ9冊の小説について、勉強になったことを記録していきたいと思います。
私自身、小説の新人賞応募を考えているので、次回作に反映したいことをまとめてみました。

※多少のネタバレを含みます。
※あらすじは各作品に記載されたものをそのまま転記しています。

読書記録

①川村元気「四月になれば彼女は」

〈あらすじ〉
4月、はじめて付き合った彼女から手紙が届いた。そのとき僕は結婚を決めていた。愛しているのかわからない人とーー。
天空の鏡・ウユニ塩湖で書かれたそれには、恋の瑞々しいはじまりとともに、二人が付き合っていた頃の記憶が綴られていた。
ある事件をきっかけに別れてしまった彼女は、なぜ今になって手紙を書いてきたのか。時を同じくして、1年後に結婚をひかえている婚約者、彼女の妹、職場の同僚の恋模様にも、劇的な変化がおとずれる。愛している、愛されている。そのことを確認したいと切実に願う。けれどなぜ、恋も愛も、やがては過ぎ去っていってしまうのかーー。
失った恋に翻弄される、12カ月がはじまる。

〈ストーリー〉
青春時代の恋と社会人時代の愛が交錯する話。非常にロマンチックな物語だと感じた。

〈構造〉
1章が1か月分の話なので、とても読みやすかった。
過去の話と現在の話が並行して進んでいくため、飽きずに読み進められた。ハルから届く手紙が、過去と現在の橋渡しとしての役割を果たしている。
ウユニ塩湖、プラハ、アイスランドといった土地や、楽曲および映画などの固有名詞を多用し、ロマンチシズムを高めている。

〈キャラクター〉
主要なキャラクターは、藤代・ハル・弥生・大島・純の5人。
藤代(男性)…主人公
ハル(女性)…藤代の学生時代の彼女
弥生(女性)…藤代の現在の婚約者
大島(男性)…藤代の学生時代の先輩
純(女性)…弥生の妹

②町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」

〈あらすじ〉
52ヘルツのクジラとは、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴く世界で一頭だけのクジラ。何も届かない、何も届けられない。そのためこの世で一番孤独だと言われている。自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれる少年。孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会い、魂の物語が生まれる。

〈ストーリー〉
過去に虐待を受けていた女性・貴瑚が、虐待を受けている少年を救おうとする話。
貴瑚自身も虐待から救われた過去があるが、その過程で犯してしまった過ちがあまりに痛々しく、とても心に残った。

〈構造〉
現在の話から始まる。なぜ田舎に越してきたのか、アンさんとは誰なのか、貴瑚が犯した過ちとは何なのかなど、謎が多い状態から始まるため、読み進める手が止まらなかった。その後の章では、貴瑚の過去や少年の現状が一つずつ語られていく。
大分の小さな港町と北九州の大都市という描写、父親が患った病気、性自認、少年を守るための制度など、要所要所で具体性・現実性があり、とても物語に納得感があった。
「52ヘルツのクジラたち」というタイトルも、ぱっと見で興味を引かれる。「クジラ」には海(→港町)、「52ヘルツ(のクジラ)」に孤独のイメージを託していて、素晴らしいモチーフだと感じた。

〈キャラクター〉
主要なキャラクターは、貴瑚・少年・アンさん・美晴・主税の5人。
貴瑚(女性)…主人公
少年(男性)…貴瑚が救おうとする
アンさん(男性)…貴瑚を救おうとした
美晴(女性)…貴瑚の学生時代の友人
主税(男性)…貴瑚の恋人
貴瑚が「正しくない」選択肢を取ってしまうことで、人間の不完全さを痛感させられた。
大分の小さな港町にある狭いコミュニティの描写はとてもリアリティがあった。

③夏木志朋「二木先生」

〈あらすじ〉
誰からも馬鹿にされてしまう「イタイ」男子高校生×秘密を抱えた「ヤバイ」先生。
生徒と教師のスリリングなやり取りを通じ、社会からはじき出されてしまう個性を持つ人間がいかに生きうるかを描いた驚愕のデビュー作。2019年ポプラ社小説新人賞受賞作。

〈ストーリー〉
周囲に溶け込めない男子高校生・広一が、秘密を抱えながらも平穏な日常を送る二木先生と密に関わっていく話。
二木先生の秘密を握る広一がその秘密を使い、二木先生を脅迫し続ける姿はあまりにも攻撃的。しかし二木先生があくまでも教師として広一に接し、最終的に広一が生きていくヒントを得られたところにカタルシスを感じた。

〈構造〉
二木先生の秘密は序盤で明かされるため、秘密を引っ張ることで読ませるタイプの小説ではない。広一の若さゆえに感情的な攻撃と二木先生の大人ゆえに冷静な防御(論理的な受け切り方)が、読み手の感情を揺さぶり、次のページを捲らせる。
広一と二木先生の対話は分量が多いうえに濃密で、その過程での広一の変化が青春小説としての側面を持っている。

〈キャラクター〉
主要なキャラクターは広一・二木先生の2人。準主要キャラクターは委員長・吉田の2人。
広一(男性)…主人公
二木先生(男性)…広一に秘密を握られる
委員長…広一の小学校時代からの同級生
吉田…広一をいじめる同級生
キャラクターが多くないことにより、広一と二木先生の歪な関係性およびその展開にフォーカスされていた。

④湊かなえ「サファイア」

〈あらすじ〉
あなたに、いつか「恩返し」をしたかった
ーー「二十歳の誕生日プレゼントには、指輪が欲しいな」わたしは恋人に人生初のおねだりをした。「やっと、自分から欲しいものを言ってくれた」と喜んでくれた彼は、誕生日の前日、待ち合わせ場所に現れなかった……(「サファイア」)。人間の不思議で切ない出逢いと別れを、己の罪悪と愛と希望を描いた珠玉の物語。表題作他「真珠」「ルビー」「ダイヤモンド」「猫目石」「ムーンストーン」「ガーネット」全七篇。

〈ストーリー〉
全七篇の短編集。いずれも湊さんらしく、罪悪感を含んだ読後感があったが、本作は深い愛情や友情も描かれており、思ったより重苦しさはなかった。

〈構造〉
「真珠」…長い会話劇のあと、最後にどんでん返しが来る。
「ルビー」…謎の施設と過去の事件が繋がってくる話。
「ダイヤモンド」…「鶴の恩返し」をモチーフにしたコミカルな話。雀が恩返しにくるという一つのファンタジーが軸となっている。
「猫目石」…父、娘、母と語り部が変わっていく。それぞれの秘密を猫が暴いていく話。
「ムーンストーン」…途中で語り部が変わっていることに、最後で気付かされる叙述トリック。
「サファイア」「ガーネット」…「サファイア」は過去、「ガーネット」は現在を語っており、同じ主人公の話。

〈キャラクター〉
短編ごとに異なるため割愛するが、基本的に重要なキャラクターは2人、多くても4人。

⑤筒井康隆「パプリカ」

〈あらすじ〉
精神医学研究所に勤める千葉敦子はノーベル賞級の研究者/サイコセラピスト。だが、彼女にはもうひとつの秘密の顔があったーー。他人の夢とシンクロして無意識界に侵入する夢探偵パプリカ。人格の破壊も可能なほど強力な最新型精神治療テクノロジー「DCミニ」をめぐる争奪戦が、刻一刻とテンションを増し、現実と夢が極限まで交錯したその瞬間、物語世界は驚愕の未体験ゾーンに突入する!

〈ストーリー〉
精神医学研究所に勤める千葉敦子が研究所内の権力闘争に巻き込まれる話。
千葉敦子は夢探偵・パプリカとしての顔も持ち、他人の夢に侵入することで精神を治療する。壮大なファンタジーではありつつ、フロイト的な側面(性の抑圧など)から夢を捉えており説得力があるのがおもしろかった。

〈構造〉
理事長勢力(主人公含む)対副理事長勢力という構造が明確で、その闘争が激化していく様子にわくわくした。
終盤は夢の中でも闘争が行われ、夢と現実が交錯して浮遊感に包まれる感覚が不思議だった。読んでいて夢か現か理解できなくなるが、理解できないまま読み進めたくなる稀有な現象が起きた。

〈キャラクター〉
主要なキャラクターは千葉敦子・時田・島・乾・小山内の5人。
他にも千葉敦子をサポートする能勢や粉川、千葉敦子への内通者となる兼松、時田の助手である氷室など、キャラクターが非常に多い。ただし、序盤から勢力が二分されていることで、混乱は生じにくい。
千葉敦子(女性)…主人公。理事長勢力
時田(男性)…千葉敦子とともに研究を行っている。理事長勢力
島(男性)…研究所理事長
乾(男性)…研究所副理事長
小山内(男性)…乾を尊敬する。副理事長勢力

⑥奥田英朗「純平、考え直せ」

〈あらすじ〉
坂本純平は気のいい下っ端やくざ。喧嘩っ早いが、女に甘くて男前。歌舞伎町ではちょっとした人気者だ。そんな彼が、対立する組の幹部の命を獲ってこいと命じられた。気負い立つ純平だが、それを女に洩らしたことから、ネット上には忠告や冷やかし、声援が飛び交って……。決行まで三日。様々な出会いと別れの末に、純平が選ぶ運命は? 一気読み必至の青春小説!

〈ストーリー〉
下っ端やくざ・純平が、対立する組の幹部の命を獲るように命じられる。その決行までの3日間を描いた物語。
任侠という非日常でありながら、純平の人の良さゆえにポップに読める作品。

〈構造〉
序盤で3日間というタイムリミットが設けられ、Xデーに向けて物語が進むことによって結末が気になる構成となっている。
中盤以降はスレッドでの純平に対するコメントが挿入される。知らない人間への無責任さと、任侠の世界における情の厚さという対比がとても鮮やか。
結末を書かず、読者に純平の今後を想像させるところもなかなかニクい。

〈キャラクター〉
主要なキャラクターは純平・北島の2人。
準主要キャラクターは信也・加奈・西尾・山田・母の5人。
純平(男性)…主人公
北島(男性)…純平を舎弟として可愛がる
信也(男性)…別の組の友人
加奈(女性)…純平を気に入る
西尾(男性)…グレたいじいさん
山田(男性)…賄賂を要求する警察官
母(女性)…すぐ彼氏を作る母
喧嘩っ早いが人柄が良く、北島に憧れているという純平のキャラクターがとにかく魅力的。奥田さんは他の作品でも人間味のあるキャラクターがたくさん出てきて、会話を読むだけでおもしろい。

⑦降田天「女王はかえらない」

〈あらすじ〉
小学三年生のぼくのクラスでは、マキが女王として君臨し、スクール・カーストの頂点に立っていた。しかし、東京からやってきた美しい転校生・エリカの出現で、教室内のパワーバランスは崩れ、クラスメイトたちを巻き込んだ激しい権力闘争が始まった。そして夏祭りの日、ぼくたちにとって忘れられないような事件が起こるーー。伏線が張りめぐらされた、少女たちの残酷で切ない学園ミステリー。

〈ストーリー〉
小学校のクラスに転校生がやって来たことで、スクールカーストに変化が起こり、やがて権力闘争が始まるという物語。
スクールカーストという学校あるある自体もおもしろかったし、後半のミステリーと種明かしも別の種類のおもしろさがある。

〈構造〉
旧勢力・マキグループと新勢力・エリカグループの対立が明確で、絶えず勢力図が変わっていくヒリヒリ感が堪らない。語り手の主人公がどちらの勢力にも属していないので、主人公視点として読み手は読みやすい。
物語は第一部「子どもたち」、第二部「教師」、第三部「真相」の3部構成。第一部のラストで事件が起こるものの結末は書かれず、第二部で謎が膨らみ、第三部で全ての謎が解けるという構成なので、読まずにはいられなくなる。

〈キャラクター〉
主要なキャラクターはぼく・メグ・マキ・エリカの4人。
ぼく…主人公
メグ…ぼくの幼馴染
マキ…旧勢力のトップ
エリカ…新勢力のトップ

⑧貫井徳郎「乱反射」

〈あらすじ〉
地方都市に住む幼児が、ある事故に巻き込まれる。原因の真相を追う新聞記者の父親が突き止めたのは、誰にでも心当たりのある、小さな罪の連鎖だった。決して法では裁けない「殺人」に、残された家族は沈黙するしかないのか? 第63回日本推理作家協会賞受賞作。

〈ストーリー〉
新聞記者・加山が、自分の息子を事故で失う話。その事故は小さな罪の積み重ねによるものであり、とても教訓的な物語だった。

〈構造〉
プロローグで結末と謎を提示したこと、また章がマイナスから始まることでカウントダウン感が味わえた。
章ごとに語り部が変わり、始めは別個の物語だが、段々それらが繋がっていき全体像が見えてくるのが巧妙だった。
ずっと狭い世界の話だったが、エピローグで与那国島に行く展開が意外だった。

〈キャラクター〉
主要なキャラクターは加山・ハナ・幸造・久米川・寛・麟太郎・和代・克子・道洋の9人。
それぞれのちょっとした利己的な言動が人間らしい。

⑨村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

〈あらすじ〉
多崎つくるは鉄道の駅をつくっている。名古屋での高校時代、四人の男女の親友と完璧な調和を成す関係を結んでいたが、大学時代のある日突然、四人から絶縁を申し渡された。理由も告げられずに。死の淵を一時さ迷い、漂うように生きてきたつくるは、新しい年上の恋人・沙羅に促され、あの時何が起きたのか探り始めるのだった。

〈ストーリー〉
多崎つくるは高校時代の友人に、突然絶縁を告げられる。それから16年後、当時何が起きたのか真相を探る話。
灰田の不思議な話やシロにまつわる謎、沙羅との結末などは多様な解釈の余地がある。解釈に正解が全くないことにより、絵画的な書かれ方をした作品だと感じた。

〈構造〉
序盤は過去の話と現在の話が並行して進んでいく。中盤以降、つくるが友人一人ひとりと会って話す(巡礼する)ことで謎が少しずつ明かされる展開に引き込まれた。
村上春樹らしい美しい比喩や楽曲・地名などの固有名詞が多用されている。人物や空間の描写が丁寧で、特に終盤のフィンランドの箇所は世界観に没入できた。会話より地の文が圧倒的に多く、それについては観念的だと感じた。

〈キャラクター〉
主要なキャラクターはつくる・アカ・アオ・シロ・クロ・灰田・沙羅の7人。
つくる(男性)・アカ(男性)・アオ(男性)・シロ(女性)・クロ(女性)は高校時代の友人。
灰田(男性)…つくるの大学時代の友人
沙羅(女性)…つくるの現在の好きな人
アカ・アオ・シロ・クロはそれぞれ個性が明確に書かれており、平凡だと自認するつくるとは対比的だった。つくるの自己肯定感の低さも読み手にはもどかしく、リアリティがあった。

まとめ

「勉強になった」「自分の作品にも反映したい」と思った部分をまとめていきます。文末には根拠とする小説の番号(小見出し参照)を振っています。

◯現在の話と過去の話を並行して進めると、段々謎が明かされる展開になっておもしろい(①②⑨)。過去の話(真相)を終盤で明かすなら、その他の読ませる工夫が必要(⑦)。
◯土地や楽曲などの固有名詞を効果的に使用することで、物語にロマンチシズムや没入感を与えられる(①②⑨)。
◯主人公が、正しくないと理解しながら正しくない行動を取ることで、とても人間性が感じられる(②⑨)。
◯キャラクターが少ない場合は対話に重きを置く(③)。キャラクターが多い場合には、対立構図など関係性を明確にしておく(⑤⑦)。
◯タイムリミットを設けることでカウントダウン要素が強まり、後半への期待感が高まる(①⑥⑧)。
◯ミステリーは結末の解釈を一意に定める(④⑦)。キャラクターや世界観を活かす場合は結末の解釈を多様にする(⑤⑥⑨)。
◯読み手の感情に訴えたい場合は会話劇を活用する(③⑥)。
◯語り部を変えると、情報量が増えることで謎が減ってしまうので、構成上の意図がある場合に限る(④⑧)。基本的に語り部は変えず、読み手に情報を与えすぎないようにする。

今後ともこうして読書記録をつけることで、感覚を言語化していきたいと思います。

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