難病と難病でないと
難病と難病でないと
難病患者をはっきりと意識をしたのは、看護実習のときに小児病棟で出会った患者でした
精神科の重症病棟での勤務後に自ら志望した療育医療の重症病棟では、
難病患者というと、配属された病棟が慢性疾患の重症病棟だったため、『重症』患者のケアから始まったのですが
その後、実情を知ってゆくにつれ、
難病とは何か・・
その認識が変わってゆきました
行政の窓口相談に携わり、さらに実態の一部と触れ、
さらに変わっていきました。
そもそも「難病」は医学的に明確に定義された病気の名称ではなく
不治の病
(辞書をひくと、「決して治らない病」と書いてありますが、医薬が進歩すると治癒する病があります。
1941年以降、日本で非常に死亡率が高かった‘不治の病‘と言われた結核でしたが、1043年薬剤が開発され、死亡率は低下していき、今では抗結核薬が開発され、薬効により治癒までいたります。結核で亡くなる方は今尚おりますが・・‘不治の病‘ではなくなったといえます。
その後、1970年代の初頭、当時の厚生省の結核予防課が、成人病対策課と、難病対策課に分課してゆきました。
病気と健康は二元論で語られ、考えられがちですが
病気と健康の間にはグラデーションがあり、老いていく過程では、成ってはじめてわかる疾患や疾病が日本にも、世界にも同じく存在しています。)
社会通念として使われていた呼称のことを言っていました
俗称 (世間で通っている、正式でない呼び名。通り名。)からはじまった‘難病‘という言葉
治療が(今の段階での医薬では)難しく、慢性の経過をたどる疾病でしたが
● 昭和47年国は薬害のスモン病を契機に、『難病対策要綱』を策定し
①現認不明、治療法が未確立であり、かつ後遺症を残すおそれが少なくない疾病
②経過が慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず介護などに著しく人出を要するために家庭の負担が重く、また精神的にも負担が多い疾患として医療費費助や研究、医療施設の整備・整理していきました。
俗称としてあった難病という言葉に『定義』をもうけ、医療費自己負担の解消による、公費負担を中心に実施されてゆくことになったわけす(行政対象としての難病の範囲を定めたわけです)
● 平成25年に難病も障害者総合支援法に入り、難病患者が障害福祉サービスの対象に含まれ、難病患者と‘障害‘という観点からのサービス利用者が増えていくわけです。
(ですが、ここで障害福祉サービス対象となったことで、
難病患者の中には、障害者手帳を取得していない、できない疾患患者も多いため、福祉サービスでの就労支援ですが、一般就労、一般求人に応募する患者、せざるえない患者が利用する状況になっていくため、事業者には障害者求人票にはアクセスするノウハウがあっても、一般求人に入っていく、支援するノウハウが十分でないため、
就活支援が限定的になり、困ってしまう事例が頻発していきます。対象となっても、事業所のパンフレットに難病の文字が入るまでには、少々時間をようしました。)
『障害者ではある側面と、実際の現場の支援や雇用の機会のねじれ現象』
これが今起こっている状態ですが、
● 平成27年に難病法(難病の患者に対する医療等に関する法律)が施行されまして、
法律によって「基本方針」ができたわけです。
この中に、多様な疾患患者の社会参加の機会の確保と地域社会における尊厳の保持、及び共生のための支援策がうたわれ、難病と‘就労‘について、取り組みが加速する理由が文章で共有されることになっていきました。
難病法(難病の患者に対する医療等に関する法律 施行日 平成27年1月1日)ができたのですが、その中で
難病とは・・
①発症の機構が明らかでなく
②治療法が確立していない
③希少な疾患であって
④長期の療養を必要とするもの
とされています。
指定難病(令和元年7月1日~333疾病)とは医療費の助成の対象のことをいいますが、
重症度基準というのを満たさない(軽症者)という患者は医療費の助成を受けられないからと申請していない患者がおり、指定難病審査会で比認定になった患者の数も含めて見えにくい患者がいることは、触れておきたいと思います)
ここで少し整理しますと
難病という言葉が定義され
指定難病にも定義があります。がちょっと中身が違う
難病のうち、指定難病は
・一定の人数でないこと これは、日本の人口の0.1%程度に相当する数と決められていますが、
0.1% 程度
(この指定難病にしても、難病にしても『希少』あるいは『0.1%』という数の条件が生まれているので、①②④に該当しても、③に当てはまらない疾病は、指定難病にはならないわけです、さらに、『希少』にもあてはまらないで、①②④が該当する病気は、
③以外は難病ですが、難病とは言わない状況になっているのですね)
この疾病の定義づけによる『縛り』が、疾病への保障に繋がっていくのですが、
ゆえに、対象になるか、ならないかの壁に、
保障対象となる疾病と、支援資源がなくなってしまう疾病が日本に生まれていて、
その患者数が共有はされていませんが、
困っている患者が大勢いる(数百万人規模)ということも患者団体が公表している数字を拾っていくと、映り込んでまいりますし、そうした声は当事者方々からも聞こえて参ります。
日本の社会が共有している'難病'というテーマで共有される患者数は、指定難病患者数
約91万人
日本での難病という言葉は、日本で定義をつくった独特の行政呼称のことをいい
歴史的には、
①俗称としての側面
からの、
②社会保障としての行政呼称としての難病
が日本で主に共有されている‘難病‘であると認識しています。
あえて、難病とは?と私が質問された場合は、
上記のことを踏まえたとして
まず、
疾患や疾病の話
とお伝えするかと思います
日本型のくくりはありますが、
グローバルな医療の世界からみたら、
人と疾患、疾病
それが、
自然治癒する疾病、疾患か
治療が必要で、今の段階では治癒するか、
寛解まで至るか、
今の段階では残念ながら治癒に至らず対症療法になるか、
開発途上であるか。
難病という言葉には、俗称から、薬害、多数の疾病、その呼称の変遷などもあり、一般にはなかなかわかりずらい状況で今に至っていおり、
歴史的なものまで背負った'難病'という箱の中に、
制度や社会理解も含めて、
閉じ込められている印象すらあります
たくさんの疾病を見てきましたが、
難病
だけは、その中に、数百もの疾病があり、
日本も世界も数千もの希少疾患があると言われていますが、
就労支援の現場でも、
『たくさんの疾病があるからね』と、どこかそうした構造そのままに、
社会的ないい訳を許容してきたかの印象がさえあります
難病は疾患・疾病の話です
就労支援の現場では、最初は
事業者にも、疾患名でお話をしていました。
治療が今はわからなくても、タイプは様々ですが、結核のように治療法が見つかる疾病もあるように、
今の段階の話と考えます
治癒できるようになると、結核同様に疾病への認識は変わります。
体調が悪くなって、
病院にいき、
診断に時間がかかるケースが多いですが、
対症療法に行き着き、個別には、試行錯誤や調整がありますが、
一般的には担当医師がおり、
診療科があります。複数にまたがる場合もありますが、
一般的な症状の中にも、個別な症状があり、
障害がある場合がある
生活や就労に関してのやりずらさは、個別的ですが、
進行性の疾患もあれば、
進行性でない疾病もあり、
月に1回の通院の方々、
月に2回や3回
3か月に1回や
半年、年に1回の検査のみの
方々もいらっしゃいます
軽度から重度までグラデーションがあり、
一般雇用枠から障害者雇用枠までとここにも多様な働く姿が含まれています
同時に変動性が故に、障害者手帳の評価に入らない疾病特性の難病患者は
障害者雇用枠相当の配慮が必要な方々が無理をしながら働き、
離職を繰り返すことが起こっています
疾病により、生活への支障の程度か高くとも、
社会保障の中での就労にたどりつけない人が、至極困っています
話を戻します
みなさんが知っている難病患者の数は、
指定難病患者の中の、軽症者が含まれていない数 それが約91万人ほど
その患者数と難病者の就労率をかけてみますと
30万に程が就労していることになるのですが、
実際の労働の現場には、定義外の方も働いていますから、
40万、50万人・・それ以上の数字が透けて見えてまいります。
だから、これを事業者側の目線で考えると、実際の労働状況のなかでは、治療と仕事の両立の話は、とても直面性から考えると‘リアリティー‘があり、顕在化しつつある潜在的な問題であり、課題なんですが、数字が現実社会を上滑りをしていくように
共有値と実際値にギャップを感じます
91万人の中の約30万人の労働の話となると、人によっては少ないなぁ お考えになるかもしれません
社会のマイノリティーの出来事か・・など、
いえいえ、見る見ない、知る知らないの世界ではありますが、
世界も、日本も、社会全体で就労も保障も考えるマジョリティー性のあるテーマであります。
SDGsでは、
‘誰一人取り残さない‘ を掲げておりますが、
ONEは「難病患者・難治性疾患患者を取り残さない」視点も大切にしたいと考えています
それは、難病・難治性な疾患の多種多様な様を知ると、
だれもが発症するリスクがあるからだと益々実感するからです。
コロナ禍後の社会、
回復には数年かかり、今は高齢者も持病をもっている方々も感染症のリスクが高まっています(これは相当対象者が多い話です、免
疫に影響のある薬剤を使用している患者、循環器や腎臓疾患、糖尿病も・・)
通勤負荷が減り、在宅勤務、リモートワークが増え、リモートワークのトレーニングができるキャリア支援が増えた場合、潜在化している労働者も、顕在化してくるのではないでしょうか
健康な男性労働者モデルからの転換
健康から治療のグラデーションについて、の社会の再認識、捉えなおし。もしくはアップデート
通院のための休暇は、就職後から取得できるような制度、
そうした休暇を法定休暇に含める・・という案は、大胆でしょうか
1つの案として、調べています。
見る、見ない、というよりも、ピンチはチャンス、どう転換していくのが、相互にとってリアルハッピーなのか、
向き合って乗り越えていく想像力やイノベーション、そちらの方が伸びしろがあるような気がしてなりません。