素粒子は受け身なのか
量子力学で有名な実験がある。それは二重ソリット実験。
観測者が意図した時に、素粒子がその意図に影響を受けることがわかる実験である。
本来は違う意味合いの実験だと思うが、意図に視点を当てて考えてみたい。
素粒子は影響を受ける
先ほども書いたが、素粒子は観測者の意図に影響を受ける。
二重ソリット実験では、観測されていないときは波の性質をもっており、
観測されたときは粒の性質へと変化する。これは事実とされている。
この事実から言えることは、素粒子は受け身であるということである。
素粒子自身に能動的な力があるとは言えない。
環境(外部)の変化によって性質を変化させている。
もし、素粒子自身から状態を変化させる事例があったら申し訳ない。
ここでは受け身の性質である考えていきたい。
これらのことから素粒子は、影響を受ける存在であると言える。
誰が影響を与えるのか
素粒子は影響を外部から受ける。
では誰が影響を与えているのだろうか。
人間の意識・感情であることは想像できる。
他に影響を与えているものはあるのだろうか。
細胞分裂や生物の成長などの仕組みは
生物や細胞の意識ではないと考える。
では、目に見えない誰かが仕組んでいるのだろうか。
プログラミングされていると考えていても、
プログラミングは指示する者とされる者が必要になるので、
指示する者が必要である。
そうなった場合、目に見えない存在の意図がある。
そう考えると自然なのだろうか。
感情が大切とよく言われるが
引き寄せの法則界隈では、感情が大切と言われている。
私もそう思っているが、実体験の量が少なすぎるので
「そうだ」とは言い切れない。
しかし、潜在意識が現実を投影しているので
感情が現実を創造していると思えていない時点で
感情通りの現実が創造されることはない。
なんてこった。
起きることは全部マル!
昨日、ひすいこたろうさん・はせくらみゆきさんの
共著の「起きることは全部マル!」を購入した。
タイトル通り、起きたことは全部必要なことである。
だいぶ凝縮したがそういった内容の本である。
起きたこと=素粒子の現実化
と捉えると、素粒子は観測者の意図によって
変化をするので「起きたこと」の意味付けが
どうにでもなるという解釈ができる。
私が引き寄せの法則に出会ってから、
これから起きることに対して
自分の思い通りに物事が現実化すると
勘違いをしていた。
起きたことをどう捉えるかによって、
世界の見え方が変わってくる。
良いことや悪いことは今後も同じように
起きてくるが、解釈は自由である。
この解釈や意味付け、価値観を自在に
コントロールできることが引き寄せの
第一歩になるのではないだろうかと感じた。
このことは知識としてはあったものの
すぐに忘れてしまう。
自身の良い悪いのジャッジを行い、
自分の中の小さな世界からしか観ていなかった。
これでは観る世界は変容しない。
世界を観る視点を変えない限り
現実は変わらない。
そのために
「起きることは全部マル!」
はいいアプローチになるだろう。
いきなり全部できなくていい。
頑張らなくてもいい。
気づきを多くしていけば
やがてたくさんのマルができてくる。
結果
素粒子は、観測者の意図によって左右されるので
「受け身」と捉えて良いだろう。
その観測者は常に「私」であり、どういった
「意図」かは自由に選んでよい。
その「意図」によって現実創造が開始されるので
「意図」をどう選択するかが大切になってくる。
棚からぼた餅。
餅が落ちるところの棚に行く必要がある。
決して楽してぼた餅を得たわけではない。
動いた結果のぼた餅であることを
忘れてはいけないと、
今降りてきた。