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その拳を追いかける7

部長に形だけの謝意を示した後、ステージ脇の倉庫に入った◯◯は、そこに先に用意していた道着と黒帯に着替え、防具をつけていた

女生徒:なんで私が見張んないとなの?

◯◯:男共だと筋肉がどーのとか喧しいし遅くなるから

◯◯:こっち見ようとしないしちゃちゃっと終わらせないとってプレッシャーもあるしちょうど良かった

女生徒:…さいですか

女生徒:何か奢ってね?

◯◯:自販機のジュースで勘弁

女生徒:十分だよそれで

◯◯:っし、あんがと

◯◯:このまま置いといていいから

女生徒:いいよ、畳の片付けもしないとだろうし持って行っとくよ

◯◯:…恩にきる

女生徒:どういたしまして〜

道着を変え、防具をつけた◯◯は

◯◯:……しっ!

帯とともに気も引き締めて表に出た

その頃、◯◯が着替えている間、表では

部長:えと…準備をしている間に少しだけ、説明をさせてもらいます

日向:(おぉ、部長頑張ってる)

部長が場を繋ごうと、予定を前倒ししてフルコンタクト空手の説明を始めた

平尾:よーこはふるこんたくと?空手って知ってるの?

部長・正源司:“ケンカ空手”

平尾:…へ?

正源司:そんな風に揶揄されることもあるくらい、激しいよ

平尾:そんなに?

正源司:顔を突くことはないけど、素手でするからね

正源司:まぁ、流石に学生の内は防具をつけてやることがほとんどみたいだけど

部長:色々と説明しましたが、キックボクシングを知っている人は、顔面パンチなしでやるキックボクシング、と思っていただいてかまいません

部長の説明に合わせ、平尾に大雑把に説明する正源司

ちょうど説明が終わるタイミングで◯◯が戻ってきた

部長:予定にないことしないでよ

◯◯:いや、さすがにフルコンでするならコッチじゃないと

部長:最初からそっちで良かったのに

◯◯:それは流石にちょっと…

マイクに載せないように小声でやり取りする2人

一方で、コソコソとやり取りをしている様子に、下級生や他の生徒たちは帯が黒に変わっていることも含めて不思議そうに見ていた

苦笑いで◯◯は答え

◯◯:押忍

変わらぬ小声で十字を切りつつ畳にのぼる

部長:では、早速見てもらおうと思います!

審判:正面に礼!!

◯◯が畳の中央付近に進むのに合わせ特に声をかけられなくとも日向も動く

2人は審判役の生徒の号令に合わせ、先ほどの伝統派空手の時のように周囲に礼をしていった

審判:構えてっ!!!!!

両者正対した時、◯◯がジェスチャーで日向にグローブを外すように指示する

日向:(マジだったのかよ?!)

日向:(流石に無理だって)

小さく首を振って拒否する日向だったが

◯◯(外せ)

◯◯はさらに大きくジェスチャーをし、心なしか圧を強める

なかなか構えず、何かしらやり取りをしている二人の様子に、正源司たち他の生徒はいぶかし気に見ていた

日向:(マジかよ……知らねぇぞ?)

日向は渋々だが頷きつつ、少し待つようジェスチャーをし、構えた

それを見て◯◯も頷き、構える

日向はオーソドックスな伝統派の構え対し、◯◯はオーソドックスなファイティングポーズをとる

審判:始めっっ!!!!

日向:(ままよっ!!)

審判の開始の合図と同時に日向は両手のグローブを外しその勢いのまま他生徒が控えている方に投げ捨てる

それと同時に、◯◯はさらに背中を丸めて両手をダランと下げた

その様子を見ていた部長は

部長:うっそ………

額に手を当てて体育館の天井を仰ぐ

他の生徒たちは

”なになに?”

”なんのパフォーマンスだ?”

”素手でやんのか?!”

騒がしくなる

平尾:流石に学生の内は…なんだっけ?

正源司:……絶対とは言っていないから

平尾:確かに…でも、片方だけだね、なんでだろう?

正源司たちも例外でなく、(本人たちは全くその気はないが)ちょっとしたパフォーマンスに少しだけ興奮しつつ、疑問が浮かんだ

他の生徒たちも同じように、日向だけ素手なことに疑問を持っているようだったが空手道部の生徒たちは

”うわぁ…”

”こんな時もなんだ…”

引き気味な様子が見られ

部長:紹介に出る気なかったし…勝手なことするし…何か言われるの私だよ……?

部長は天井を仰ぐことは止めたが、涙目になっていた

日向:(……マジ帰りてぇ)

ステップを踏みつつヘッドガード越しに◯◯を見据えて本気でそんなことを考える日向

そんな余裕は

◯◯:そこ、もう間合いだぞ

審判と日向だけが聞こえる声量で言った、◯◯の声で消えた

日向:(やべっ、ボーっt)

◯◯:ずいぶん余裕だな

そんな声かけと同時に

日向:っっっ!

日向の頭上を◯◯の右回し蹴りが通り過ぎる

◯◯:次はねぇぞ、早くこいよ…

敢えて蹴りを振り抜き一回転して振り向きざま、変わらず両腕を下げたまま呟く◯◯

声量も表情も変わりなかったが、不思議と怒気が含まれているように日向には感じられた

日向:(うわぁ、お怒り?マジ勘弁…)

そんなつもりは全くなかったが余裕があるような態度をとってしまったことを今更ながらに後悔する

日向:……スマン

一言返事をし、気持ちを切り替える日向

日向:セェェエエイッッ!!!!!

一投足の間合いで正面を向いて静止している◯◯に飛び込むようにして踏み込み、ワンツーの要領で前手と逆手の突きを鳩尾に打ち込む

◯◯:…………

特に捌こうとする様子も見せずノーガードのまま◯◯は受けたが、ダメージを受けた様子は見られず、その視線も冷めたものだった

その様子に男子生徒は言葉を失い、女子生徒からは引いていると思われる声が若干聞こえた

平尾:うわっ……痛くないのかな?

平尾も引いたようで心配しているようなことを言っているが、表情は完全に引いていた

だが、それは単純にお腹を殴られただけと思っているからの感想で

正源司:あの時と全然違うじゃん…

多少実力を知っていた正源司としてはやや納得していなかった

平尾:そー言えば、今は黒帯をつけているね

正源司:確かに…さっきはなんで白帯を締めていたんだろう?

日向:(相っっ変わらず硬いな!おい!)

正源司たちが話している間も組手は続いていた

突きは全て真っ向から受けられ、蹴りは出し始めに腿か膝を抑えられ封じられる

◯◯の進む圧と僅かな予備動作も見落とさない目に徐々に畳の端まで追い詰められる日向

日向:(やべっ、下がr)

◯◯:よそ見禁止

日向:グッ………

追い詰められたことに気付き、思わず◯◯以外に意識を向けた日向の、半身を切っていた身体の鳩尾に届くよう、まるでそこにぶつかることが正しかったかのように、◯◯の左腕のフックが差し込まれた

◯◯:そんな打ち込んでねぇぞ

身体をくの字に折った日向の肩口にを再度フックを打ち強制的に姿勢を元に戻す

◯◯:全然打ち込めてないぞ?

さらに肩口に2撃目のフックが当たり、日向は◯◯に正対する

◯◯:今はフルコンルールだぞ

そこからガード等すぐに対応できるように上げていた日向の両腕を巻き込んだ前蹴りで距離を空ける◯◯

◯◯:そろそろ慣れろ、覚えろ、切り替えろ

◯◯:表面を叩くんじゃなくてちゃんと内臓まで打ち込めよ

畳の端まで追い込まれたことで、日向の近くにいた生徒には◯◯の声が聞こえ、男女ともその内容に引く様子が見られた

日向:るっさいな…

◯◯:わかってるなら

前蹴りで空けた距離を一気に踏み込んで潰す◯◯

対して日向も同じように踏み込み

◯◯:言われる前にしろよ

互いに示し合わせたかのように僅かに角度を変え、位置が入れ替わる

日向:シッ…!

まだ鳩尾にくらったダメージは残っていたが、ここで止まると今までのように再度追い込まれることを分かっていたため、苦しいが攻める日向

先ほどまでの伝統派空手のように距離を一定で保ち、何かの拍子で爆発するかのような緊張ではなく、雪崩が崩れてきたかのような緊迫感の中、日向が近距離で突き、蹴りをおり混ぜて打ち込む

◯◯:……とりあえず及第点

2人の近くにいる生徒に、攻撃を打ち込まれる◯◯の身体から、およそ肉体から出るとは思えない、柔らかめの石同士がぶつかるかのような音が聞こえた

日向:(まだ打ち込みきれていない、ってか?!)

◯◯:じゃ、ギア上げるぞ?

そのひと言の後から

日向:!?……っ!!

防御を一切していなかった◯◯が、攻撃を捌き始めた

◯◯:シッ

それだけじゃなく、打ち込んではいないが

日向:チッ……!

カウンターを日向の身体表面に当て始める

だが、ただカウンターを適当に出しているわけでなく

日向:(次の動きが、一歩、一瞬遅れる)

日向の攻撃を邪魔するか体勢を崩せるように的確に当てている

ならばと、当てられた勢いを利用してスイッチすると同時に前に出すはずの足で上段回し蹴りを放つ日向

◯◯:逃げで出すなよ

それを軽々とスウェーバックだけで躱す◯◯

だが、それは日向の予測通りで

日向:(下から崩す)

上段回し蹴りをした足を素早く引き戻し、すぐに

日向:あ“ぁ”あ“っ!!

同じ足で上段回し蹴りのモーションで、真下の下段に急激に落ちるよう身体をコントールし蹴る

◯◯:…っと

上段回し蹴りのガードをしていた◯◯は、若干虚を突かれたものの、伝統派空手の時に見せたモーションとは逆で、内股に膝を曲げ、今度はタイミングをズラすのではなく、フェイントを混ぜて出された下段回し蹴りを躱す

その様子を見ていた正源司は

正源司:やっぱり!!

思わず周りを考えずに叫んでいた

平尾:ッッ!?!?

急な大声に驚く平尾

平尾:ビッックリしたぁ…やっぱり、ってどういうこと?

正源司は、叫んだついでに軽く前に乗り出してしまった体勢を戻しつつ、声量を落とす

正源司:たぶんだよ?たぶんだけど…さっきの投げられそうになった時も躱してる

あくまで自身の予想だと前置きしてから説明をする

平尾:躱している?

正源司:今の見てた?

平尾:うん、足がカクン、って下に落ちて、当たった!と思ったら例の先輩の膝もカクン、って内側に曲がったね

平尾:だけどアレって蹴られて曲がったんでしょ?

正源司:違うよひらほー

2人が話してる間も何度か日向は◯◯に下段回し蹴りを出しているが、その都度◯◯は膝カックンされたかのように“蹴り抜く方向“に膝が曲がっていた

回し蹴りは、基本的に自身の蹴り足の逆側に蹴り抜く技で、下段を蹴る時、当てる場所が外腿なら内腿側に、内腿なら外腿側に蹴り抜く

そのため、◯◯の膝もそれに合わせて曲がっている

外腿を蹴られると内側に、内腿を蹴られると外側に、と

正源司:他の蹴りは全部蹴りをしようとする時に膝が上がってくるから膝か太腿を抑えれば良いし、実際それで止めている

正源司:だけど、下を蹴る時は膝が上がってこないし上げても下に下げるから抑えても止められない

正源司:だから多分、アレで避けているんだと思う

実際には、下段蹴りの受け方としては特殊な方なのだが、一般的な方法だと相手が足を痛めるため、◯◯は稽古ではかなり強度を上げた時以外は、避けるこの方法をとっているだけなのだが

平尾:そうなの?私には当たっているようにしか見えないけど

正源司:私も最初はそう見えたよ

正源司:けど、さっきので確信した

実際、空手道部や一部の格闘技系の部活動生以外は、平尾のように蹴られたダメージで曲げているように見えている

だが、その一部と正源司には、◯◯の膝は日向の蹴りが当たる数瞬前に曲がっているのが見えていた

平尾:それに避けているなら、もっと早く曲げるんじゃない?

正源司:そうなんだけど…たぶんワザとだと思う

平尾の疑問ももっともだったが

日向:(クッソ、マジでなんでいつも当たりそうで当たらないんだよ!!!)

日向:(避けられるせいで体勢は崩れるし、そこにカウンター当てられるしクソゲーすぎる!!)

ギリギリでなければ相手にバレる上、この避け方は多少自身の体勢を崩すため、バレてしまったら隙を見せることになるため、敢えてギリギリで避けるしかないのだ

平尾:その根拠は?

正源司:…………勘!!!

そこまで正源司は分かっていなかったようだが

平尾:へぇ〜

女生徒:ラスト30ッ!!

そんな話をしていると残り時間が迫り、◯◯が着替えの間見張りをしていた女生徒がそう声を上げる

その声を皮切りに

◯◯:上げるぞ?

日向:はっ!?!?!?(まだ上げんの!?!?!?)

◯◯のギアと圧が跳ね上がる

日向:(本気すぎるって!!!!!!!)

日向の肩口を突き勢いを殺した後、足をスイッチして入れ替えつつ前蹴りで蹴り、押し退ける◯◯

日向:グッ………!!

日向:(ッッッバッ!!!)

押し退けられ体勢を崩していた日向は

◯◯:シッッ!!!

勘発入れずに◯◯が出してきた、上段への前蹴りをバックステップで距離をとり避ける

日向:ハッ、ハッ……ッッ!?!?

だがそこで◯◯は止まらず、離れた分を一歩踏み込み、右足で再度前蹴りを繰り出してきた

日向:(上げすぎだっ、てっーのっ!!)

このままでは場外まで押し込まれると思った日向は、前手で◯◯の蹴り足の脛を抑えるようにしつつ、前に出る

だが、ここで

◯◯:………

日向の手を避けるようにして脛が外側に回り、◯◯が繰り出したのは、いわゆるブラジリアンキックだった

日向:(そこまで読んでるよ!!どれだけやられてきたと思ってんだ!!)

これも読んでいた日向は、逆手は回し蹴りを止められるように上げて防御していた

日向:………ガッッ?!?!

抜けてくるところまで防御をしていたが、その防御をしていた側とは逆の顎を蹴られ、意識していなかった分モロにもらい、膝の力が抜け訳も分からずへたり込む日向

◯◯:エイッ

静かに、されどキレよく残心をとる◯◯

その声で我に返った審判が終了の声をかけた

審判:っ?!、や、やめっ!!!

正源司:…………

平尾:……………

周囲:……………

周囲は何が起こったのか分からず(一部生徒は分かった上で)静まり返っていた

審判の終了の声に何人かの空手道部の生徒が我に帰り、日向の様子を見に行く

モブ1:大丈夫?

モブ2:声聞こえる?

日向:あぁ、大丈夫………っと

声をかけられてすぐに日向は立ち上がったが、膝の力が再度抜けて再びへたり込む

日向:あれ?

◯◯:軽い脳震盪だと思う、2、3人で抱えるか、肩貸してやって

モブ1:おう……行ける?

日向:肩借りれば多分

モブ2:分かった、いくぞ?…せー、の

日向は両肩を支えられながら武道場に向かう

◯◯:スマン……

少しギアを上げすぎていた自覚のある◯◯は日向に謝った

日向:………あとで俺のとこに来い

その後、◯◯だけで周囲と審判に礼をし、下がる

部長:い、以上、空手道部でした

部長:れ、礼っ!

“”押忍っ!“”

平尾:………凄かったね

終わり方が終わり方だっただけに、周囲は引いてしまいまばらな拍手の中、正源司に話しかける平尾

正源司:………うん

平尾:最後……どうなったか分かった?なんか気付いたら相手の先輩がしゃがみ込んでいたけど……

正源司:分かんない…けど、凄かった……

最後の動きが見えていたのは一握りの格闘技系の部活動生のみだった

◯◯はブラジリアンキックが当たる直前、返していた軸足の足首を戻し、膝も曲げ内回し蹴りを繰り出していた

日向が軽くとはいえ脳震盪を起こしたのは、意識外から攻撃を食らったのとは別に、◯◯が膝を曲げるのを必要最小限にし、最短ルートで足の甲を顔に押し込むようにして突進の勢いも利用してカウンター気味に技を当てたのも理由だ

正源司:……

仏頂面でどことなく怒っている雰囲気の正源司

平尾:怒ってるの?

正源司:別に……

否定をしたものの、部活動紹介が終わっても、その雰囲気は霧散せず、なんなら時間が経つごとに増していったのだった

_______to be continued

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