覚えていた博物館
別に博物館が趣味ではない。妻とのデートの最中、疲れたので椅子に座って休んでいると、視界の中にふと入った、というだけだ。デパートの一区画を構成するその小さな博物館に、私は既視感を覚えた。知っている。覚えている。あれは確か、子供の頃の記憶だ。そうすると私はいてもたってもいられず、博物館に足を踏み入れた。
足を踏み入れると、大きな……といっても人の大きさぐらいの恐竜の骨格が挨拶してくれた。そう、動物を中心に飾っているんだ、ここは。恐竜をよけ、壁沿いに歩いていく。壁には生命の歴史がポスターとして掲示されていた。その壁から通路を挟んだ反対側を見ると、窓。そこからは明りが差していた。夜の暗闇の中から、ビルの眩しい人口の光が。その眩しさにやられ、一瞬目を閉じる。目を開けると。親子がいた。
それは私の父と、母だった。死んでしまったはずの。この博物館からの帰り道。突然迫って来た車に轢かれ、私を庇うようにして死んでしまった二人だ。そうだ。だから私はこの博物館を覚えていたのか。蓋をしていた悲劇の記憶が今、蘇る。……あぁ、ということは、あの二人の間にいる子供は。……私だ。私は、涙ぐみながら話しかけようとした。だけど震える口で何を言ったらいいのか分からなくなっていた。『どうしたの?』と、私が私に声をかけてきた。私の父も、母も、それについてきた。心配そうにこちらを見ている。だから、私は……『大丈夫だ。大丈夫だよ。……私は、今までも、これから先も、ずっと大丈夫なんだ』そう、返した。
またビルの光が差し、私はその場に立ちすくんでいた。周りには私以外、だれもいない。『おーい、そろそろ帰るよ』と妻の呼ぶ声がする。振り返り、『今行くよ』と返し、歩き出す。不思議な夜だった。なんだかこれからも、やっていけそうな夜だった。
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一人用朗読想定台本