【エヴァ考察】ゼーレのレジスタンスと贖罪論(庵野秀明展②)
今回も『庵野秀明展』で公開中の資料を参照しつつ、ゼーレのレジスタンスや旧劇の人類補完計画などについて考えていきます.
1.教えてゲンドウ先生!
おなじみの台詞から始めたいと思います.
今回はこの神へのレジスタンスに注目します.レジスタンスとは、ここでは運命を強いる神に抵抗するといった意味でしょう.抵抗が具体的にどういったものだったか、この台詞だけでははっきりしません.たとえば使徒に滅ぼされずに生き延びること?それだと与えられた運命をなぞっただけともいえます(儚すぎて抵抗とは呼べるのかという印象).またはアダムスを利用したこと?しかし文の構造的にアダムスの利用はレジスタンスの手段の位置付けであってレジスタンスの目的あるいはレジスタンスそのものと読むことはむずかしいと思います.そもそもレジスタンスの主語が曖昧で特定が求められます.
2.教えてゲンドウ先生!その弍
これに関連する台詞が、またもゲンドウ先生からあるようです.
レジスタンスの候補として1つ挙げられるのが神殺しです.神殺しと考えると、その諦観の主語はゼーレなので、レジスタンスの主語をゼーレと考えることができましょう.それで次に、ゼーレが殺めたい神とは何者なのか明らかにします.エヴァの世界で神とはどのような存在なのか.劇中の台詞から考えます.
これらの台詞から、神とは生命の実と知恵の実の両方を持った存在とわかります.旧作の設定が新劇にも引き継がれていることもわかります.そしてアダムが神ならリリスも神です.
では話を神殺しに戻すと、リリスさんはQですでにお亡くなりになってました.アダムさんも直接の描写はありませんが想像はつきます(なお新劇アダムは「アダム新劇場版:再訪」、「君の名は」の参照を請います).
まず『庵野秀明展』の前田監督のQのイメージボードです(1枚目上部の文字を拡大したのが2枚目の画像).サードインパクトの爆心地を描いたものでしょう.陽を遮る世界樹のスケールがとんでもない.そしてここにリリスの骸があったようです(下記画像の「コア化の中心地」は爆心地と考えられるので).
脱線ですが画像の「サルベージあと(立杭)」について.立杭とは工事用に設けられる縦の穴です.サルベージされたのはおそらく初号機でしょう.というのもおそらく絵のリリスが全身コア化していることと、Q以降の初号機が全身コア化していることが整合的だからです.新劇でも初号機はリリスに取り込まれた模様.
話を戻すと、サードの爆心地に世界樹が存在したわけですが、セカンドインパクトの爆心地にも世界樹が途中まで存在していたことが思い出されます(上記コンテ).そしてサードインパクト爆心地には世界樹と神の骸.セカンドインパクトの爆心地南極にもアダムの骸があったと想像できます.これは旧南極爆心地跡に存在した基地の名前が、アダムの墓があるとされるカルヴァリーを冠することとつながることからも推測できます(すると同地がイエス磔の場でもある点はアダムスと関係する可能性も).以上はあくまで制作段階である点、注意が必要ですが.
すると、ゼーレは人類補完計画を進める過程ですでにアダムとリリス2体もの神を葬っていることになります.はて「諦観された」とはどういうことでしょうか.
神の世界にいた碇ユイは神であると仮定すると、ゼーレの計画ではどうも倒せそうにない神=碇ユイがいた、とつながりそうです.諦観は②あきらめ悟るの意味で用いられているのでしょう.以上が「諦観された神殺し」の理解になります.もっともユイに手が出ないのはどうしてか.ゼーレとユイの関係も含めて今後の課題となります.以上を簡単にまとめると…
3.ゼーレはゼーレ
さて、エヴァが完結したところで今一度旧劇の人類補完計画を振り返ってみるのもいいかもしれません.今回取り上げるのは旧劇ゼーレの目的です.彼らとは異なるゲンドウの目的や、これらと実際に起きたサードインパクトとの関係はいったん傍に置いて、ここでは当初のゼーレの目的について考えてみたいと思います.まずは参考になりそうな台詞を集めます.
画像は予告に一瞬映るものです.24話’が出る前はこの一瞬にリリスとアダムの関係が示唆される状況でした.上の24話’の台詞は増補修正版ではじめて追加されたものです.
上記台詞の内容を整理するとさしあたり次のようになります.
①からは、故郷の星から新天地を目指した白き月が先に地球に到着し、本来同じ星に来てはいけないはずが生命の実を求めて後を追ってきた黒き月という設定が伺えます(『新世紀エヴァンゲリオン2』).それでは旧劇ゼーレの人類補完計画の目的を1つずつ確認していきましょう.
(1)『シト新生』
1つ目は、寿命に限りがある知恵の実由来の生命体から、永遠の命を持つ生命の実由来の生命体に移行することです.
2つ目は、地球に根付く正統性を持つ使徒に生まれ変わることです.ヒトが使徒に新生するとは、地球に存在するはずのない者から本来存在するべき者たちへの新生となります.エヴァの設定が多くを負う聖書の世界観、アダムらが知恵の実を食べたことに起因する原罪、汚れに対する贖罪、浄化という話にも合致します.こうして『シト新生』は“死と新生“と“使徒として新生“と素直に理解できるわけです.
(2)知恵を失わない?
もっともこの理解に疑問を感じられる方もいるでしょう.たとえば神とヒトが1つになるのだから知恵を失った存在ではないはず等です.
しかし、もう一度引用すると「神もヒトも全ての生命が『死』をもってやがてひとつになる為に」という台詞は時系列に基づく線が明確に引ける言い回しになっています.「神含む全生命の死/1つの生命体に新生」といったように、神も死んでからすべてが融合する.このような先後関係が認められるでしょう.エヴァの世界で神が死ぬとは生命の実と知恵の実の両方を有する生命体がいなくなることを意味します.ゼーレの構想する新世界に両方の実を持つ生命体=神は存在してはならない.台詞の時系列を意識すると見えてくるのは、ゼーレの目的は単に神とヒトの融合といった話ではないということです.
※「1つなる」ことの元ネタが特定されました(下記動画12:20あたりから)
(3)贖罪と浄化
先ほど再び引用したゼーレの台詞に対するゲンドウの台詞ですが両者の違いが現れています.3つ目はゼーレの「死」へのこだわりです.これには理由があり、罪とその贖罪に関係します.では少し聖書の時間です.
聖書当時の日常世界で贖うとは、身代金を払って捕虜等を買い戻す法律用語でしたが、聖書特有の用法で罪や災に対する救いや赦しの意味で使われることもあります.特に新約聖書においてイエスの「死」が罪の支配から人々を解放したという有名な解釈が想起されます(贖罪論).
この贖罪論を参考にしてみましょう.まず、ゼーレの考える罪とは黒き月が地球に飛来したことです.そして先ほども指摘した、地球に存在する正統性を持たないリリスを中心とする生命すべてが滅ぶこと、つまり地上から知恵の実を有する生命がいなくなること=「死」によって罪の贖いとする.だからこそ生命の実由来の使徒になることが罪の汚れの“浄化“となり、ヒトの住めないコア化した場所が浄化された世界といわれるのです.彼らの死へのこだわりはイエスの死と復活の信仰を踏まえて理解されるべき事柄だったといえます(これで神の掟に背いて禁断の果実を食した罪という聖書の話と似ているようで異なる点が確認できたと思います).
以上、こうしてみると新劇の人類補完計画と似ているような(ゼーレは世界が変わってもゼーレだった?).
(4)メンタルとフィジカル、ニンゲンのゼンブ(おまけ)
唐突ですが翻ってシンエヴァのインパクト最終局面をみます.地獄の門でフォースインパクトを起こし、ゴルゴダオブジェクトでアディショナルインパクトを起こした碇ゲンドウ老師.マリの台詞からはフォースがフィジカルの補完、アディショナルがメンタルの補完となりそうです.おそらく、フォースは神から与えられた運命の枠内だが、アディショナルはその運命を越えるためのものというお話.
と言いつつ仮にインパクトがあのまま続行していたら、目の前に現れる家族にパシャッとなりそうですが、自分も他人もいない世界はやはり変だと言い出して自分を取り戻しそうな北上さんでした.
今回は以上になります.お読みいただきありがとうございました.
感想等いただければ幸いです.
以下、今回参考にした記事等
大貫隆ほか編『岩波キリスト教辞典』(岩波書店、2002年)
山形孝夫『読む聖書事典』(ちくま学芸文庫、2015年)
画像:©khara/Project Eva.
※追記(2021/10/19)
「3.ゼーレはゼーレ」タイトルごと記述を大幅に変更.
※追記(2022/2/13)
「3.(2)」末尾に全ての生命が1つになることの元ネタ解説動画を見つけたので添付しました.
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