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【エヴァ考察】ゼーレのレジスタンスと贖罪論(庵野秀明展②)

今回も『庵野秀明展』で公開中の資料を参照しつつ、ゼーレのレジスタンスや旧劇の人類補完計画などについて考えていきます.

1.教えてゲンドウ先生!

おなじみの台詞から始めたいと思います.

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ゲンドウ「知恵の実を食した人類に神が与えていた運命は2つ.生命の実を与えられた使徒に滅ぼされるか、使徒を殲滅し、その地位を奪い、知恵を失い、永遠に存在しつづける神の子と化すか.我々はどちらかを選ぶしかない.ネルフの人類補完計画は、後者を選んだゼーレのアダムスを利用した神への儚いレジスタンスだが果たすだけの価値のあるものだ」(シンエヴァ)

今回はこの神へのレジスタンスに注目します.レジスタンスとは、ここでは運命を強いる神に抵抗するといった意味でしょう.抵抗が具体的にどういったものだったか、この台詞だけでははっきりしません.たとえば使徒に滅ぼされずに生き延びること?それだと与えられた運命をなぞっただけともいえます(儚すぎて抵抗とは呼べるのかという印象).またはアダムスを利用したこと?しかし文の構造的にアダムスの利用はレジスタンスの手段の位置付けであってレジスタンスの目的あるいはレジスタンスそのものと読むことはむずかしいと思います.そもそもレジスタンスの主語が曖昧で特定が求められます.


2.教えてゲンドウ先生!その弍

これに関連する台詞が、またもゲンドウ先生からあるようです.

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(Q・C-1290)ゲンドウ「宿願たる人類補完計画と、諦観された神殺しは私が行います.ご安心を」

レジスタンスの候補として1つ挙げられるのが神殺しです.神殺しと考えると、その諦観の主語はゼーレなので、レジスタンスの主語をゼーレと考えることができましょう.それで次に、ゼーレが殺めたい神とは何者なのか明らかにします.エヴァの世界で神とはどのような存在なのか.劇中の台詞から考えます.

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(破C-1850)リツコ「この世のことわりを超えた新たな生命の誕生」

(シンエヴァ)オリジナルアスカ「最後のエヴァは神と同じ姿」(※)

(26話’C-0164〜)冬月「使徒の持つ生命の実とヒトの持つ知恵の実.その両方を手に入れたエヴァ初号機は神に等しき存在となった」

(23話C-0317)リツコ「人は神様を拾ったので喜んで手に入れようとした.だからバチが当たった.それが15年前.せっかく拾った神様も消えてしまったわ.でも今度は神様を自分たちで復活させようとしたの.それがアダム.そしてアダムから神様に似せて人間を作った.それがエヴァ」

※アスカの台詞は「初号機と13号機」参照.一言でいえば13号機が神に等しい初号機に似ていること.両機体とも紫色の装甲と使徒を取り込んだ点で.

これらの台詞から、神とは生命の実と知恵の実の両方を持った存在とわかります.旧作の設定が新劇にも引き継がれていることもわかります.そしてアダムが神ならリリスも神です.

では話を神殺しに戻すと、リリスさんはQですでにお亡くなりになってました.アダムさんも直接の描写はありませんが想像はつきます(なお新劇アダムは「アダム新劇場版:再訪」「君の名は」の参照を請います).

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まず『庵野秀明展』の前田監督のQのイメージボードです(1枚目上部の文字を拡大したのが2枚目の画像).サードインパクトの爆心地を描いたものでしょう.陽を遮る世界樹のスケールがとんでもない.そしてここにリリスのむくろがあったようです(下記画像の「コア化の中心地」は爆心地と考えられるので).

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脱線ですが画像の「サルベージあと(立杭)」について.立杭たちくいとは工事用に設けられる縦の穴です.サルベージされたのはおそらく初号機でしょう.というのもおそらく絵のリリスが全身コア化していることと、Q以降の初号機が全身コア化していることが整合的だからです.新劇でも初号機はリリスに取り込まれた模様.

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『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 画コンテ集』マーカー引用者

話を戻すと、サードの爆心地に世界樹が存在したわけですが、セカンドインパクトの爆心地にも世界樹が途中まで存在していたことが思い出されます(上記コンテ).そしてサードインパクト爆心地には世界樹と神の骸.セカンドインパクトの爆心地南極にもアダムの骸があったと想像できます.これは旧南極爆心地跡に存在した基地の名前が、アダムの墓があるとされるカルヴァリーを冠することとつながることからも推測できます(すると同地がイエス磔の場でもある点はアダムスと関係する可能性も).以上はあくまで制作段階である点、注意が必要ですが.

すると、ゼーレは人類補完計画を進める過程ですでにアダムとリリス2体もの神を葬っていることになります.はて「諦観された」とはどういうことでしょうか.

諦観・・・①本質をはっきり見きわめること、②諦め悟ること.「諦」は「あきらか」の意で、「あきらめる」意で使うのは日本での用法(『現代国語例解辞典〔第5版〕』).もともと仏教用語なので.

ゲンドウ「ゴルゴダオブジェクトだ.ヒトではない何者かが、アダムスと6本の槍と共に、神の世界をここに残した.私の妻も、お前の母もここにいた」

シンジ「これが父さんの願った神ゴロシ」

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神の世界にいた碇ユイは神であると仮定すると、ゼーレの計画ではどうも倒せそうにない神=碇ユイがいた、とつながりそうです.諦観は②あきらめ悟るの意味で用いられているのでしょう.以上が「諦観された神殺し」の理解になります.もっともユイに手が出ないのはどうしてか.ゼーレとユイの関係も含めて今後の課題となります.以上を簡単にまとめると…

・ゼーレの“神へのレジスタンス“とは神様に退場いただくことで一矢報いるというもの

・“儚い“とは、人類の行く末という観点からは神に与えられた運命通りであることに変わりないこと(神に屈した絶望のリセット)

・神殺しを諦観したのはユイには手が出せなかったから

・なおゲンドウはゼーレのレジスタンスを果たす価値ありと認めます(本記事冒頭).代わりにしっかり果たしたことは上のシンジの台詞からわかります.

3.ゼーレはゼーレ

さて、エヴァが完結したところで今一度旧劇の人類補完計画を振り返ってみるのもいいかもしれません.今回取り上げるのは旧劇ゼーレの目的です.彼らとは異なるゲンドウの目的や、これらと実際に起きたサードインパクトとの関係はいったん傍に置いて、ここでは当初のゼーレの目的について考えてみたいと思います.まずは参考になりそうな台詞を集めます.

(25話’C-43,44)ミサト「出来損ないの群体として既に行き詰まった人類を完全な単体としての生物へ人工進化させる補完計画」
(同C-661)ゼーレ「これは通過儀式なのだ.閉塞した人類が再生するための」
(同C-662)ゼーレ「滅びの宿命は新生の喜びでもある」
(同)ゼーレ「神もヒトも全ての生命が『死』をもってやがてひとつになる為に」

(24話’C-180)
ゼーレ「自ら贖罪を行わねば人は変わらぬ」
           「アダムや使徒の力は借りぬ」
キール「我々の手で未来へと変わるしかない」
(同C-327)
ゼーレB「それは、偽りの継承者である、黒き月よりの我ら人類.その始祖たるリリス」
ゼーレC「そして、正当な継承者たる、失われた白き月の使徒.その始祖たるアダム」

(EO#24-38)
キール「リリスに魂を宿し、不浄な世界を浄化する、約束の時は来たのだ」

Cf. 新劇
(Q・C-1287)ゲンドウ「死を背負った群の進化を進めるために、あなた方は我々に文明を与えてくれた」
(同C-1292)ゼーレ01「人類の補完.安らかな魂の浄化を願う」

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『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』予告編より

画像は予告に一瞬映るものです.24話’が出る前はこの一瞬にリリスとアダムの関係が示唆される状況でした.上の24話’の台詞は増補修正版ではじめて追加されたものです.

上記台詞の内容を整理するとさしあたり次のようになります.

①リリス-人類は誤りであり偽り.アダム-使徒が正当(正統?)
②補完計画は神を含む全ての生命の死をもたらす
③補完計画でヒトは単体で完全な生命体に新生
④補完計画はアダム、使徒の手は借りず人類自らが行う
⑤人類の死と新生は贖罪や浄化に関係している

①からは、故郷の星から新天地を目指した白き月が先に地球に到着し、本来同じ星に来てはいけないはずが生命の実を求めて後を追ってきた黒き月という設定が伺えます(『新世紀エヴァンゲリオン2』).それでは旧劇ゼーレの人類補完計画の目的を1つずつ確認していきましょう.

(1)『シト新生』
1つ目は、寿命に限りがある知恵の実由来の生命体から、永遠の命を持つ生命の実由来の生命体に移行することです.

2つ目は、地球に根付く正統性を持つ使徒に生まれ変わることです.ヒトが使徒に新生するとは、地球に存在するはずのない者から本来存在するべき者たちへの新生となります.エヴァの設定が多くを負う聖書の世界観、アダムらが知恵の実を食べたことに起因する原罪、汚れに対する贖罪、浄化という話にも合致します.こうして『シト新生』は“死と新生“と“使徒として新生“と素直に理解できるわけです.

(2)知恵を失わない?
もっともこの理解に疑問を感じられる方もいるでしょう.たとえば神とヒトが1つになるのだから知恵を失った存在ではないはず等です.

しかし、もう一度引用すると「神もヒトも全ての生命が『死』をもってやがてひとつになる為に」という台詞は時系列に基づく線が明確に引ける言い回しになっています.「神含む全生命の死/1つの生命体に新生」といったように、神も死んでからすべてが融合する.このような先後関係が認められるでしょう.エヴァの世界で神が死ぬとは生命の実と知恵の実の両方を有する生命体がいなくなることを意味します.ゼーレの構想する新世界に両方の実を持つ生命体=神は存在してはならない.台詞の時系列を意識すると見えてくるのは、ゼーレの目的は単に神とヒトの融合といった話ではないということです.

※「1つなる」ことの元ネタが特定されました(下記動画12:20あたりから)


(3)贖罪と浄化

(26話’C-663)ゲンドウ「死は何も生みませんよ」

先ほど再び引用したゼーレの台詞に対するゲンドウの台詞ですが両者の違いが現れています.3つ目はゼーレの「死」へのこだわりです.これには理由があり、罪とその贖罪に関係します.では少し聖書の時間です.

聖書当時の日常世界であがなうとは、身代金を払って捕虜等を買い戻す法律用語でしたが、聖書特有の用法で罪や災に対する救いやゆるしの意味で使われることもあります.特に新約聖書においてイエスの「死」が罪の支配から人々を解放したという有名な解釈が想起されます(贖罪論).

この贖罪論を参考にしてみましょう.まず、ゼーレの考える罪とは黒き月が地球に飛来したことです.そして先ほども指摘した、地球に存在する正統性を持たないリリスを中心とする生命すべてが滅ぶこと、つまり地上から知恵の実を有する生命がいなくなること=「死」によって罪の贖いとする.だからこそ生命の実由来の使徒になることが罪の汚れの“浄化“となり、ヒトの住めないコア化した場所が浄化された世界といわれるのです.彼らの死へのこだわりはイエスの死と復活の信仰を踏まえて理解されるべき事柄だったといえます(これで神の掟に背いて禁断の果実を食した罪という聖書の話と似ているようで異なる点が確認できたと思います).

以上、こうしてみると新劇の人類補完計画と似ているような(ゼーレは世界が変わってもゼーレだった?).

(4)メンタルとフィジカル、ニンゲンのゼンブ(おまけ)

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マリ「しっかし、人類のフィジカルとメンタル両方の補完を同時に発動させるとはまあ.ゲンドウ君、君は…」

唐突ですが翻ってシンエヴァのインパクト最終局面をみます.地獄の門でフォースインパクトを起こし、ゴルゴダオブジェクトでアディショナルインパクトを起こした碇ゲンドウ老師.マリの台詞からはフォースがフィジカルの補完、アディショナルがメンタルの補完となりそうです.おそらく、フォースは神から与えられた運命の枠内だが、アディショナルはその運命を越えるためのものというお話.

ゲンドウ「〔ゴルゴダオブジェクトは〕ヒトの力ではどうにもならない、〔神が与えた〕運命を変えることができる唯一の場所だ」〔〕内引用者補足

ミサト「すべての魂をコアに変え、エヴァインフィニティと同化させるフォースインパクトの始まりか」

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シンジ「父さんは何を望むの」
ゲンドウ「お前が選ばなかった、A.T.フィールドが存在しない、全てが等しく単一な人類の心の世界.(中略)浄化された魂だけの世界.そしてユイと私が再び会える安らぎの世界だ」

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「溶け合う心が、私を壊す」(『シト新生』特報)
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北上「変よ!これ…絶対、変!」

と言いつつ仮にインパクトがあのまま続行していたら、目の前に現れる家族にパシャッとなりそうですが、自分も他人もいない世界はやはり変だと言い出して自分を取り戻しそうな北上さんでした.

今回は以上になります.お読みいただきありがとうございました.
感想等いただければ幸いです.

以下、今回参考にした記事等

大貫隆ほか編『岩波キリスト教辞典』(岩波書店、2002年)
山形孝夫『読む聖書事典』(ちくま学芸文庫、2015年)

画像:©khara/Project Eva.

※追記(2021/10/19)
「3.ゼーレはゼーレ」タイトルごと記述を大幅に変更.

※追記(2022/2/13)
「3.(2)」末尾に全ての生命が1つになることの元ネタ解説動画を見つけたので添付しました.

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